第43回大阪はぐるま研究集会

第43回大阪はぐるま研究集会 ご案内

主催大阪はぐるま研究会

子どもの心を育む教室と授業づくりをめざして

 この案内のダウンロードはこちら(PDF B5版で4ページ)

1.期日 2017年8月5日(土)・6日(日)

2.会場  エル・おおさか(大阪府立労働センター)Tel 06-6942-0001

        京阪「天満橋」・地下鉄谷町線「天満橋」西へ300m

3.日程
全体会 (第一日午前9:30~12:00 第二日午後1:10~4:40)

 第一日

☆詩の朗読 豊能授業と教材研究会・箕面はぐるま研

1.主催者あいさつ

2.基調提案

      「子どもの認識力を育て、深める授業の創造を!」

大阪はぐるま研究会 事務局長 辻まち子

3.特別報告1 「改訂学習指導要領の重大な問題点と私たちの課題」

大阪教育文化センター 事務局長 山口隆さん

特別報告2 「部落問題解決の到達点と今日的課題」

民主主義と人権を守る府民連合 委員長 谷口正暁さん

第二日

 ☆詩の朗読 豊能授業と教材研究会・箕面はぐるま研 

1.地域サークルからの報告泉南はぐるま研究会

2.模擬授業    「ちいちゃんのかげおくり」(あまんきみこ作)(光村図書3年)

授業者泉南はぐるま研究会佐藤秀一

3.記念講演「物語の力」
 朝日新聞 「声」編集次長 佐々波幸子(さざなみ ゆきこ) さん

分科会   [ ]は担当サークル・担当者
8月5日(土) 午後1:10~4:40  8月6日(日) 午前9:30~12:00

物語文

【りすのわすれもの】(松谷みよ子作)(教育出版1年下)

 りすがわすれものをしたおかげで、後々のりすが命をつないでいけるという心あたたまるお話です。りすのさんたのかわいさと成長に共感しながら参加された皆さんと読み深めていきたいと思います。

[和泉どの子も伸びるサークルたんぽぽ]

【かさごじぞう】(岩崎京子作)(東京書籍教育出版・学校図書・三省堂各2年)

 ふぶきの中、出会った地蔵さまに「おお、きのどくにな。さぞつめたかろうのう」と、自分のてぬぐいまでかぶせるじさまの想像力。極限の貧しさの中でも、お互いを思いやり、あかるく心豊かにお正月を迎えようとするじさまとばさまの言葉と行動に寄り添ってじっくりと読み味わいたいです。

[和泉どの子も伸びるサ一クルたんぽぽ〕

【ちいちゃんのかげおくり】(あまんきみこ作)(光村図書3年)
ちいちゃんから大切なものを奪い続けてきた戦争。それは、ちいちゃんの未来までも奪ったのです。ちいちゃんが孤独と空腹にたえながら、家族に会いたい、家族と一緒にいたいという願いを持ち続げた姿を読んでいきます。

[泉南はぐるま研究会]

【世界一美しいぼくの村】(小林豊作)(東京書籍4年)

 今まだ紛争の絶えないアフガニスタンを舞台にしたお話をどのように読み合っていくのがよいのか、また続編を続けて読み、物語を深く味わうための指導案も考えることができればと思います。

[箕面はぐるま研究会]

【大造じいさんとガン】(椋嶋+作〉(光村図書・東京書籍・教育出版・学校図書.三省堂各5年)

 羽曳野はぐるま研では毎回一つの教材をじっくり読み込んで、自由に意児を言い合っています。「大造じいさんとガン」は、残雪との戦いを通して、大造じいさんの残雪に対する見方が変化していく様子を描いています。ぜひ当日も普段の羽曳野はぐるま研のように自由な雰囲気で教材を読めたらいいなと思います。

[羽曳野はぐるま研究会]

【海の命】(立松和平作)(光村図書・東京書籍6年〈東京書籍=海のいのち〉)

 父を失った太一が、与吉じいさにも助けられながら、村一番の漁師へと成長し、幸せな家庭も築くという太一の成長の姿と海に生きる漁師の海に対する思いを読み合います。

[泉南はぐるま研究会]

説明文

8月5日(土)午後1:10~4:408月6日(日)午前9:30~12:00

【ウナギのなぞを追って】(塚本勝巳文)(光村図書4年)

 説明文の学習を確かに、楽しく進めるためには、教材の特質をとらえることが必要です、なぞに包まれていたウナギの生態を明らかにするため、マリアナの海で調査をして卵を産む場所を探していく様子は科学的な読み物としてもおもしろいです。みなさんと一緒に教材研究を深め、二日目は授業の進め方を考えていきましょう。

[箕面はぐるま研究会]

人権と社会科

 そもそも「部落問題」とは、「部落問題の解決」とは、どういうことなのでしょうか?また、部落問題の教科書の記述に問題はないのでしょうか?さらに昨年国会で通過した「部落差別解消法」をどう考えればいいのでしょうか?社会科は、ともに4年生の実践です。瀬川実践は地域の開発を取り上げた報告、志村実践は少人数を生かした総合的な報告です。

 ▼8月5日(土)午後1:10~4:40

 ・「教科書の中の部落問題」[柏木功]

 ・「琵琶湖疎水」[瀬川靖央](京都)

 ▼ 8月6日(日)午前9:30~12:00

 ・「部落差別解消法」と学校教育[柏木功]
 ・「思い出いっぱい1/2成人式」-小さな学校のすてきな4人-[志村誠]

学級づくり

 8月5日(土)午後1:10~4:408月6日(日)午前9:30~12:00

 作文や文学で、子どもいきいき学級作り、具体的な作文の授業も交えて、青年教師が報告します。今日大きな問題になっている「いじめ問題」や保護者との連携、子どもが主人公の集団づくり、そして先生が元気になれる秘訣を語ります。

[細野翔太][土佐いく子]

--佐々波幸子さんご紹介--

 1991年朝日新聞社に入社。子育て、介護、子どもの本などをテーマに取材を重ね、生活面、be、文化庁、読書面担当を経て、4月から読者の投稿を扱う「声」編集次長。子どもの本にまつわる記事を1冊にまとめた『生きてごらん、大丈夫』を昨年出版。

〈佐々波さんからのメッセージ〉

 すぐれた子どもの本は「大きくなるって楽しいことだよ。生きてごらん、大丈夫」と背中を押してくれるもの-『ゲド戦記』を翻訳した清水員砂子さんの言葉です。

  みなさんにも、子どもの頃に読んでもらった絵本や自分で繰り返し読んだ本の中に、支えとなった一冊があるのではないでしょうか。私自身は、友だちと探偵団をつくるきっかけとなった『カッレくんの冒険』が思い浮かびます。引っ込み思案だった私に、前に出て行く力を与えてくれた一冊ともいえそうです。東日本大震災から1カ月後、岩手県大船渡市の保育所で、『はらぺこあおむし』に夢中になる子どもたちに出会いました。本の力を目の当たりにした体験でした。当日は、そうした物語の力や、取材で出会った作家の方々のことばをお伝えできたらと思います。みなさんの「わたしの一冊」を、お持ちいただげたらうれしいです。

参加申し込みについて

1.参加費 3000円(学生及び一日参加は2000円)(当日受付でお納めください。)

2.申し込み ハガキ・Fax・E-mailで「予約申し込み」をしてください。予約受付と同時に折り返し自宅住所に「参加票」をお送りします。会場は定員が決められているので、当日参加の場合、ご希望の分科会に入っていただけないことがあります。資料を確保するためにも、ぜひとも予約申し込みにご協力ください。定員は各分科会とも18名です。

 申し込みの際は、①氏名②郵便番号、自宅住所、電話番号③勤務先④参加希望分科会(第1希望、第2希望)をご記入ください。

3.締め切り 7月29日(土)

4.申込先 〒590-0423 泉南郡熊取町自由が丘2-15-13 辻まち子

E-mail machik0-tSuji@ares.eonet.ne.jp

Tel&Fax 072-453-5214

◇集会ミニ紹介

☆地域サ-クルからの報告

 大阪はぐるま研究会の地域サークルの一つ、「泉南はぐるま研究会」。月に1回、研究会を開き、クラスのこと、子どものこと、学校のこともよく話し合っています。

☆模擬授業

 第10回研究集会から続げている模擬授業です。全体集会参加者が、児童・生徒役になって、授業形式で教材を読み合います。今回は、『ちいちゃんのかげおくり』(光村図書3年あまんきみこ作)を取り上げます。

☆分科会

 参加者全員で話し合い、考え合い、学び合い、その教材について読みを深めていく集団研究の場です。担当サークル・担当者が話題・問題提供いたします。1日目は3時間半、2日目は2時間半と、時間設定に差があります。2日目だけの分科会は時間が少ないですが、ご了承ください。

特別報告1  昨年に続いて、山口隆さんに話していただきます。山口さんは現在、大阪教育文化センターの事務局長としてたいへん活躍されています。

特別報告2 谷口正暁さんは大阪府同和問題解決推進審議会委員であり、大阪市同和問題に関する有識者会議委員でもあります。同和問題の現状と課題について話していただきます。

日本国憲法 第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

「教え子を戦場に送らない」この思いつよくつよく、わたしたちは平和憲法を守ります。

大阪はぐるま研究会

第42回大阪はぐるま研究集会(8月4日5日)

第42回大阪はぐるま研究集会 ご案内

主催 大阪はぐるま研究会

子どもの心を育む教室と授業づくりをめざして

この研究集会案内のダウンロードはこちら(PDFファイル)

1.期日 2016年8月4日(木)・5日(金)

2.会場 エルおおさか(大阪府立労働センター) Tel 06-6942-0001
京阪「天満橋」・地下鉄谷町線「天満橋」西へ300m

3.日程

第一日(8月4日)
9:00    受付
9:30    全体会 (詩、基調報告、特別報告)
12:00    昼食休憩
1:10    分科会(9分科会)
4:40    閉会

第二日(8月5日)
9:00    受付
9:30    分科会(9分科会)
12:00    昼食休憩
1:10    全体会 (詩、サークル報告、模擬授業、記念講演)
4:40    閉会

全体会(第一日午前9:30~12:00 第二日午後1:10~4:40)
第一日 ☆詩の朗読

1.主催者あいさつ

2.基調報告 「大阪はぐるま研のこれまでとこれから」
大阪はぐるま研究会 事務局長 辻まち子

3.特別報告
「大阪の教育は今」 -夢と希望を育む教育を-
大阪教育文化センター 事務局次長 山口 隆さん

第二日
☆詩の朗読

1.地域サークルからの報告 和泉どの子も伸びる研究会 たんぽぽ

2.模擬授業 「やまなし」(宮沢賢治作)(光村図書6年)
授業者 箕面はぐるま研究会 秋岡広之

3.記念講演
「絵本という切符をもつて」-〈絵本誕生秘話〉そして〈まどみちおさんとのこと〉

絵本作家 松田素子さん

分科会            [ ]は担当サークル・担当者
8月4日(木)午後1:10~4:40
物語文
お手がみ】(アーノルド=ローベル作 三木卓訳)(光村図審2年下・教育出版1年下)
 一通のお手紙がつなぐがまくんとかえるくんの友情のお話。手紙で気持ちを伝えることの大切さ、親友つて何?改めて考えさせられます。
[泉南はぐるま研究会]

かさごじぞう】(岩崎京子作)(東京書籍・教育出版・学校図書・三省堂各2年)
 年を越すために作ったかさをじぞうさまにかぶせるじいさまと、その行為をねぎらうばあさまに寄り添ったり、外から見たりして、この物語に繰り返される優しさの根源にせまつていければと思います。[箕面はぐるま研究会]

8月5日(金)午前9:30~12:00
木竜うるし】(木下順二作)(東京書書4年下)
 「木竜うるし」は、人形劇の脚本として書かれた戯曲です。その戯曲のおもしろさや特質を読んでいきたいです。
[泉南はぐるま研究会]

スーホの白い馬】(大塚勇三再話)(光村図書2年)
 スーホと白馬との深い繋がりを読み深めスーホの奏でる馬頭琴の音色と歌声、その美しさの中に込められているものは何かを考えていきたいと思います。
[和泉どの子も伸びる研究会たんぽぽ]

8月4日(木)午後1:10~4:40/8月5日(金)午前9:30~12:00
ちいちゃんのかげおくり】(あまんきみこ作)(光村図書3年)
 「二つのかげおくり」の間に起こった出来事を読みとりながら、ちいちゃんからうばつたものとうばわれなかったものについて参加されたみなさんと考えたい思います。
[和泉どの子も伸びる研究会たんぽぽ]

ごんぎつね】(新美南吉作)(光村図書・東京書籍・教育出版・学校図書・三省堂各4年)
 登場人物の行動、その時の情景描写、会話を丁寧に読み、ごんの気持ちの高まり、兵十とのかかわりを読み深め、この作品が私たちに何を問いかけているのか、参加者のみなさんと語り合いたいです。教材化についても時間をたっぷり取りたいと思います。
[宇土由美子]

わらぐつの中の神様】(杉みき子作)(光村図書5年)
 「いい仕事ってのは見かけで決まるもんじゃない。」大工さんの言葉です。物事の本質を大切にしようとする大工さんとおみつさんの考え方や生き方、今こそ大切にしたいことです。一緒に考える時間にしましょう。
[羽曳野はぐるま研究会]

やまなし】(宮沢賢治作)(光村図書6年)
 二枚の幻灯を映しながら自然の厳しさと自然からの恵みの豊かさが蟹の親子の目を通して語られています。「難解」と言われる「やまなし」をみなさんと読み深めたいです.
[羽曳野はぐるま研究会]

説明文
説明文の学習を確かに、楽しく進めるためには、教材の特質をとらえることが必要です。授業実践に向けてみなさんと教材研究を深めたいです。
8月4日(木)午後1:10~4:40
ありの行列】(大滝哲也文)(光村図書3年)
[箕面はぐるま研究会]

8月5日(金)午前9:30~12:00
ビーバーの大工事】(中川志郎 文)(東京書籍2年下)
[箕面はぐるま研究会]

人権と社会科
 すでに法の失効後、「地区指定」も「地区住民」もなく、行政はすべて一般施策として行われるようになってきています。しかし、一部の地域や学校ではなお「地区の見学会」や「部落問題学習」が推進されています。現状の分析と交流、今後の課題を明らかにしていきます。生活科、社会科は発達や仲間づくりをふまえた総合的な実践です、
8月4日(木)午後1:10~4:40
「法」終了から14年一部落問題の解決の到達点と現在の課題
[谷口正暁]
「ぼく・わたしの1年」(生活科)
[志村誠]

8月5日(金)午前9:30~12:00
「学校で部落問題を教えるって、部落問題解決に役立つの?」
[柏木功]
遠足で拡げる社会認識一船に乗って大阪城に行こう(4年社会科)
[菅野真己子]

学級作り
8月4日(木)午後1:10~4:40/8月5日(金)午前9:30~12:00
子どもの見万、集団作り、コミュニケーション論を基本から学び直し明日に元気の出る講座にしたい。
[土佐いく子]
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松田素子さん ご紹介

 1955年山口県生まれ.編集者、作家。児童図書出版の偕成社に入社。雑誌「月刊MOE]の創刊メンバーとなり、同誌の編集長を務めた後1989年に退社。その後はフリー一ランスとして絵本を中心に活動。これまでに約300冊以上の本の誕生にかかわってきた。各地でのワ-クシヨップを通して、新人作家の育成にもつとめており、なかやみわ、はたこうしろう、長谷川義史など、多くの絵本作家の誕生にも編集者として立ち会い、詩人まど・みちおの画集なども手がけた。また、自然やサイエンスの分野においても、企画編集、および執筆者として活動している。

■参加申し込みについて

1.参加費 3000円(学生及び一日参加は2000円)(当日受付でお納めください。)

2.申し込み
 ハガキ・Fax・E-mai1で「予約申し込み」をしてください。予約受付と同時に折り返し自宅住所に「参加票」をお送りします.会場は定員が決められているので、当日参加の場合、ご希望の分科会に入っていただけないことがあります。資料を確保するためにも、ぜひとも予約申し込みにご協力ください。定員は各分科会とも18名です。

 申し込みの際は、①氏名②郵便番号、自宅住所、電話番号③動務先④参加希望分科会(第1希望、第2希望)をご記入ください。

3.締め切り 7月30日(土)

4.申込先 〒590-0423

泉南郡熊取町自由が丘2-15-13 辻まち子

E-mail machiko-tsuji@ares.eonet.ne.jp

Tel&Fax 072-453-5214

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集会ミニ紹介

☆地域サークルからの報告

 大阪はぐるま研究会の地域サ-クルの一つ、「和泉どの子も伸びる研究会たんぽぽ」。月に1回、楽しく研究会をしています。その活動の様子を話します。

☆模擬授業

 第10回研究集会から続けている模擬授業です。全体集会参加者が、児童・生徒役になって、授業形式で教材を読み合います。今回は、『やまなし』(光村図書6年宮沢賢治作)を取り上げます。

☆分科会

参加者全員で話し合い、考え合い、学び合い、その教材について読みを深めていく集団研究の場です。担当サークル・担当者が話題・問題提供いたします。1日目は3時間半、2日目は2時間半と、時間設定に差があります。2日目だけの分科会は時間が少ないですが、ご了承ください。

☆特別報告
昨年に続いて山口 隆さんに話していただきます.山口さんは現在、大阪教育文化センターの事務局長としてたいへん活躍されています。

日本国憲法 第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

「教え子を戦場に送らない」この思いつよくつよく、わたしたちは平和憲法を守ります。

大阪はぐるま研究会

注文の多い料理店

文学の授業 (5年)  注文の多い料理店

一、作者と作品

 宮沢賢治が童話の創作を始めたのは二三歳の頃からだと言います。「注文の多い料理店」は二六歳(大正一○年)の作品です。

 大正中期というと、第一次世界大戦を受けて日本の生産力は急向上し、都会は好景気到来で成金が輩出した時代でした。農村の人たちは貧しくて物価高に苦しめられていました。労働者の日当は一円にも満たない時代でした。千円で住宅が建ったといいます。村祭りに出かける子どもたちの小遣い銭は、五銭か一〇銭がやっとでした。

 それに対し、作品に登場する二人の紳士は、不猟なら「もどりに山鳥を一〇円も買って帰ればいい」とうそぶき、猟犬の死に対して「二千円の損害だ」「ぼくは二千八百円の損害だ」と自慢げに得意然としています。

 賢治の数多くの作品は死後出版されたもので、生前に出版されたのは『注文の多い料理店』一冊でした。しかも彼の自費出版によるものでした。

 賢治はこの本の「新刊案内」の文章に < 二人の青年紳士が猟に出て路にまよひ、「注文の多い料理店」に入り、その途方もない経営者から却って注文されていたはなし。糧に乏しい村の子どもらの、都会文明と放恣な階級に対する止むにやまない反感です。> と書いています。

 この作品の主題と思想も浮き彫りにされている思いのする文章といえます。三八歳(昭和七年)で亡くなった彼の生涯からすると初期の作品です。

二、教材について

 冒頭の三行で猟にやってきた二人の人物の出で立ちが描かれ、次々と展開する会話から成り上がりの者らしい軽薄さと動物の生命を奪うことに何の呵責も感じないといった物質文明にいかれてしまった人間の本質があばかれていきます。

 若い紳士二人が山中で路に迷い、空腹におそわれていくうちに、見事に山猫に化かされてしまいます。

 「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました」というくだりから化かされていきます。行きつけの西洋料理店が山中に出現します。しかも看板は漢字と横文字、「山猫軒」とあることからも山猫が経営するレストランであることが、理解できます。

 一回目の読みでは「山猫軒」とは変だぞと気づいても、その実態はわからないように物語は仕組まれています。店にはガラスの開き扉があって、店主からの客への注文がかかれています。

 一つの扉を開けると次々に扉があり、各扉の裏にもなぞめいた注文が次々とあります。

三、指導計画

「なめとこ山の熊」を読み聞かせる。

第一次 段どり(二時間)

第一時 読み聞かせをし、一次感想を書かせる。(一時間)

第二時 背景の説明、難語句調べ、場面割り。(一時間)

第二次 たしかめ読み(八時間)

第一時 題名読みと、料理店に出会う前の二人の紳士の様子と背景を読み取らせる。(二時間)

第二時 料理店に入り、次々に扉を開けていく二人の若い紳士の様子を読み取らせる。(四時間)

第三時 現実にもどった二人の紳士の様子を読み取らせる。(二時間)

第三次 まとめよみ(二時間)

第一時 作品のおもしろみをつかませる。(一時間)

第二時 感想文を書かせる。(一時間)

◎読み聞かせを大切に

 物語の〈語り手〉は、紳士に寄り添って語っていきます。

 従って不思議な出来事が次々と展開されていきますが、それが山猫の仕業であるということは、二人が殺されそうになり、死んだと思っていた猟犬と猟師によって助け出されるという最後に近い場面までわかりません。

 読者もまたそのことがわからないまま、さて、次はどうなることかと次々に展開していく不思議な出来事を登場人物に同化しながらスリルとサスペンスを体験することになります。このスリルとサスペンスは初読においてのみ最高に体験され得る貴重な文学体験です。

 二回目の読みにおいては、物語の結果を知ってしまっているので体験できないわけです。この大事なスリルとサスペンスの体験をしっかりさせるために、教師の最初の読み聞かせが大事になります。もっとも効果的な自分の肉声で、ゆっくり、時には速く。

 この体験は子どもの一生を通して忘れ得ない尊い体験になると思います。

◎一次感想

 わたしは、題を見たしゅんかん(なんか忙しくて、お客さんが多いんやなー)と思ってました。それで二人の若い紳士がその料理店に入って、眼鏡をはずしたり、くつをぬいだりして、その戸に書いてあるとおり、したがってた。

 それで私は(なんかめんどくさいなーなんでふつうにはいられへんのかなー)とちょっと不思議に思ってました。それでこんどは、手や顔にクリームをぬってたりして、しかも牛乳のクリームで私は(ん?なんかあやしいな。もしかしてこの人たち食べられるんかな?。いあやちがう。まだわかれへん。)と思ってました。

 その前にも、若い人や太った人は大かんげい。と書いてあって(べつにどうでもいいやん。なんでなん)と思ってました。

 それで、次はこう水をかけました。そしてたら酢のにおいがすると書いてあって、私は(やっぱり食べられるんや!わあーこわいはなしやなー)と思いました。

 だって食べられると思わなかったし、ちょっと私てきには怖かったけど、そういう風に思えてこういう結果になったのもおもしろかったです。
(森山)

四、授業記録

T 「注文の多い料理店」という題を見て思ったことはありませんか。

篠原 もうけている店。

石森 人気がある。

森山 注文が多くて忙しい。

本山 お客さんが多くて忙しい。

西島  食べ物がいっぱいある。

C メニューや。

T 紳士とはどんな人を言うのでしょう。

岩田 大人の男の人。

大賀 背筋ぴーんとしていてまっすぐ。

金谷 やさしいひと。

川端 言葉遣いがキレイ。

篠原 服装がきちんとしている。

小林 服装が整っている。

小谷 挨拶とかきちんとできる。

下垣 言葉遣いがていねい。

T 1番、読んでください。二人の人物像について、どんな人物でしょう。

大賀 イギリスの兵隊にあこがれている。

T なぜあこがれているの。

本山 強いから。

上原 かっこいいから。

T なるほど。ほかに二人の人物像について。

金谷 動物を殺すことを楽しんでいる。

岩田 イライラして言葉遣いが悪い。

川端 小十郎「なめとこ山の熊」は生活のために狩りしていたけど、この二人は楽しむために狩りにきた。

吉田 お金持ち。

川端 犬が死んでも悲しんでない。

小林 損害のことを考えている。

高橋 やさしくない。

花尾 自分のことしか考えていない。

成富 ずるいでなあ。

篠原 収穫なしと思ったら、買って帰ろうとする。遊びはんぶんや。

金谷 かっこつけてる。

T 小十郎とは全然ちがうよね。こんな二人の紳士なのですね。

今日勉強した場面を読みましょう。

C (読む)

T 感想、思ったことを書いてください。

 二人の人物像
かおる

 今日は「人物像」を考えました。二人は「しんし」と書いてあったけど、「早くタンタアーンとやってみたいもんだなあ。」とかきたない言葉を使っていて(うわー!しんしなん?)と思いました。私のイメージの紳士とはおおちがい。それに、日本人なのにイギリスの兵隊のかっこうをして、日本人がいや!みたい。後で出てくる山猫たちも、こらしめているみたいです。第一印象は「紳士じゃない」でした。小十郎のように「ごめんな熊」と思っているのと、「早くタンターント」じゃあえものが手に入らないのもわかる気がします。こんな人にはぜったいになりたくありません。

第四場面 戸の内側の会話を聞いて、

 泣くこと以外何もできない二人

 【いや、わざわざご苦労です。たいへんけっこうにできました。さあさあ、おなかに入りください。】

T 「たいへんけっこうにできました」とは。

橋本 紳士の味付けができた。

花尾 料理ができた。

石森 食べられるようになった。

篠原 食べ頃。

本山 いい料理ができた。

大賀 うまそうや。

T だれがうまそうかというと。

大賀 紳士。クリームもぬったし、香水もつけたし。

T 「おなかにお入りください。」というのは。

小林 山猫のおなかの中にお入りください。食べられること。

川端 「お中にお入りください」は家の中にお入りください。

石森 トリックや。

T 二人は、どう。

大賀 びびってる。

T びびってるよね。泣き出したね。この二人をどう思う。

成富 えー………(首をかしげる)

T 小林君はどう思う。

小林 うー………。

T かわいそう?

岩田 いや、かっこつけてるし、友達もなさそうやし。

小林 自業自得や。動物を殺すのを楽しんでいる。

大賀 知ったかぶりをしてるし。あまりかわいそうと思わない。

T 親分というのは。

C 山猫の親分。

T どうせぼくらにはほねも分けてくれやしない。と言っている。ほねとは?

C 二人のほね。

T 山猫は紳士のことを、「あいつら」といい「お客さん」そして「あなたがた」と丁寧になっている。なぜだろう。

大賀 丁寧にいわないと、入ってくれない。

篠原 にげてしまう。

川端 「あいつらのせい」で山猫は親分にむかついているんじゃないかなあ。

赤石 親分は食べて、自分たちは骨だけ。腹立つ。

岩田 親分は強い。

成富 さからわられへん。

T 「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それとも皿土はおきらいですか。そんならこれから火をおこしてフライにしてあげましょうか。とにかくいらっしゃい」と言われて行くやろうか。

C いかへん。

T サラドって。

高橋 二人の紳士。クリームをぬったり、酢をかけている。

T フライは?

成富 二人をフライにすること。

金谷 ちがう。フライを作るということ。たとえば葉っぱをフライにする。

平田 ぼくもそう思う。サラドも二人じゃなくてサラダを作るということ。

T みんなどうですか。

森山 「ふらいにしてあげましょう。」って「あげましょう」というのは油でフライにふることと「二人をフライにしてあげましょう。」ということでトリックで、油でフライにしてあげましょうと言っていると思う。

川端 わざと言っているんじゃないかなあ。入らせな いために。

金谷 今までいろいろ言ってきたのに、入らせないこ とはないと思う。

大賀 わざとではないと思う。なぜかというと。入ってもらわないと自分たち山猫の子分がやられるから。

成富 山猫の言い過ぎ?

本山 山猫の二人はなんか紳士をからかっているような感じがする。だって、中ではフッフット笑っているから。

花尾 その後の二人の会話からも紳士をからかっていると思う。

T 花尾さんそこを読んでください。

(花尾読む)

 からかっているんだねー。二人の様子はどうですか?

藤田 ぶるぶるふるえ声もなく泣きました。

松田 よほどこわかったんやと思う。

大賀 ショックで声も出ない。

成富 二人は若いし死ぬと思ってなかったし。

金谷 ノリノリ気分で料理店に入っていったのに、フライにしましょうかと言われて、めっちゃこわい。

T 「早くいらっしゃい。親方がもうナフキンをかけて、ナイフを持って、舌なめづり、お客様がたを待っていられます。」といっているよね。泣いて泣いて泣いて泣きました。って四回も書いてある。

岩田 むっちゃ泣いている。

大賀 大きく心を痛めすぎたから。

橋本 かっこつけていたけど弱い。

北田 いよいよ食べられる。

C こわいでなー

T そのとき後ろからいきなり「ワン、ワン、グワア。」と

成富 白い犬。

T あの白い熊のような犬二匹って、あのとは。

石森 めまいを起こして死んだんちがうん。

金谷 死んだのに生きかえったんや。

川端 不思議な世界だったから。

五、まとめ読み

T なぜ二人は最後まで山猫の罠に気づかなかったんだろう。

大賀 注文の多い料理店と信じていたから。

川端 偉い人が奥にいると勝手に思い、近づきになりたくてだと思う。

吉田 おなかがすいていて、早く食べたいから。

成富 言葉のトリックを自分たちのいいように考えたから。

金谷 不思議な世界に入っていったから。

橋本 勝手に思いこむ。

森山 何でも自分のよいように考えるから。

T ほんとだね。だから山猫の罠にかかっていったんだね。

 気づかなかった紳士のことをどう思う。

金谷 あほやなあ。

石森 自分たちのことか考えないからこんなことになる。

六、終わりの感想

「自業自得」
吉田

 私は、前書いたときはこわい話だと思っていたけどあまりこわくはないと思いました。自業自得だと思います。なぜかというと、犬が死んだのに悲しまず、お金のことで損をしたと言っていて「しかの黄色な横っ腹なんぞに、二・三発おみまいもうしたらずいぶん痛快たろうねえ。」「と言って痛快の意味を知らなかったから辞書で調べてみたら『非常に愉快なこと』と書いてあって、いくら生活のためと言っても愉快なこととはふざけて狩りをしに来ているから、うたれた動物もかわいそうと思います。これは森が仕返しをしたことだと思いました。こういうことになるのは当たり前だと思いました。宮沢賢治さんがこれを書いたのはたぶん、悪い事をすると後でかえってくると言いたかったんだと思います。

 二人の紳士は外見はかっこつけていても内面は弱々しい人だったんだと思いました。それに最後もまだかっこつけて、泣いてばかりだったのに何もなかったみたいで、山鳥を買っていったので、こんな人がいたらあんまり友だちにはなりたくないと思いました。もう一人もおかしいなと感じたならば、「やっぱりおかしいよ。」と言うべきだったと思うし、お金や、かっこつける事よりもっと大切なことがあると思いました。
七、おわりに

 子どもたちと楽しく読みを進めていくことができた。学習する前に「なめとこ山の熊」の読み語りをした。小十郎と二人の紳士を対比しながら人物像をとらえていった。「…すぐ食べられます。」「食べることができる。」と「二人が山猫に食べられる。」の言葉のトリックを考えていく中で「…おなかにお入りください。」の言葉に気づいていった。香水が明らかに酢くさいのに「下女がかぜをひいてまちがえたんだ。」と勝手に考えて「おかしい。」と意見がたくさん出た。

 「フライにしてあげましょうか。」も言葉のトリックだと読んでいった。ここで、「山猫は紳士を中に入れたくなかったんとちがうか。」という意見が出ていろいろ意見が出た。終わりの感想に、二人の紳士に対する批判が多かった。まとめ読みの時に作品から離れない程度に自分たちとの生活体験と照らし合わせてまとめ読みをとも考えたが、これから宮沢賢治の作品をとみ重ねていくうちになされ得るものだと思った。

 子どもたちは私の予想以上に喜んで、いろいろと想像をふくらませながら楽しそうに読んでいった。

出典:「どの子も伸びる」2010.2./部落問題研究所・刊
(個人名は仮名にしてあります。)

わらぐつの中の神様

文学の授業 (5年)   わらぐつの中の神様

一、はじめに

 小学校は山々に囲まれた自然の豊かなところです。校区は広く、遠いところでは、徒歩で一時間以上かけて通学してくる児童もいます。一〇年ほど前から、いくつかの場所で小規模な宅地開発が進められており、そこから毎年、三、四人が転入してきます。

 私はこの小学校に転勤してきて五年目になります。昨年は、七年ぶりに五年生(二四名)を担任しました。

二、教材と子ども

 校内授業研で、「わらぐつの中の神様」に取り組むことにしたのは、クラスのある子どもの交通事故がきっかけで、私の知らなかった子どもの一面が明らかになったことからでした。

 この交通事故で、クラスの康夫が国道で自動車にはねられました。運よくけがは軽くて済みましたが、一つ間違えば生命を落としているような事故でした。事故にいたる経過、原因を子どもにたずねる中で、「こんなことがあるかしら」と私自身も耳を疑うようなことがあきらかになりました。

 けがをした康夫はクラスの友達四人と自転車で遊びに出かけて家に帰る途中でした。その四人の中の一人義則が、拾ったお金一一円をポケットに入れていました。しかし、ふとそのポケットに入れていたお金が邪魔に思ったので捨てたというのです。その義則が捨てた一〇円玉が、道路に転がっていきました。それを見て康夫は「もったいない」と言ったそうですが、義則は「もったいないと思うなら拾ったら……」と言ったそうで、事故は義則がそう言った直後に起こりました。

 こんなことがあって、私はお金や物の値打ちをしっかりつかんでほしい、お金や物を大切にする心を育てなければと思い、そのためには「わらぐつの中の神様」が絶好の教材だと考え、この教材に取り組みました。

 この教材は、不格好なわらぐつの本質的な価値を認め、それを作ったおみつさんの人間としての美しさを見抜いた大工さんが描かれています。また、見た目だけにこだわり〈もの〉の価値を見ることのできないマサエがおばあちゃんの話を聞くことによって、その、見方を変えていく過程が描かれています。

三、教材について

 この作品は、「はじめ」「なか」「おわり」の三つの場面からなっています。この三つの場面は現在・過去・現在という形になっています。

「はじめ」の場面はマサエの家族の様子とマサエの人物像が描かれています。マサエのお父さんはとまり番で帰ってきません。おじいちゃんはお風呂に行っています。家の中は、マサエとお母さんとおばあちゃんの三人だけです。

 その三人の会話からマサエがお母さんに甘えていることがわかります。そのマサエの甘えをやさしく受け止めているのがお母さんです。おばあちゃんもマサエのことを心配しています。そんなところから、あたたかい家庭の雰囲気が伝わってきます。

「なか」の場面はおばあちゃんの若い頃の話です。まずおみつさんの人物像が描かれています。

 ある秋の朝、町の朝市に出かけたおみつさんは、げた屋さんで〈かわいらしい雪げた〉を見つけます。その雪げたが欲しくてたまらなくなったおみつさんは、お父さんやお母さんに相談しますがいい返事がもらえません。

 そこで、おみつさんは自分で働いてお金をつくろうと考え、わらぐつを作るのです。そこに、おみつさんの家庭の状況を考え家族をおもいやるやさしさと、自分で働いて自分でほしいものを手に入れるという、たくましさが感じられます。

 できたわらぐつは〈いかにも変な格好〉のわらぐつですが、じょうぶなことこの上なしなのです。でも、わらぐつはなかなか売れません。中にはわらぐつを外見だけ見て〈わらまんじゅう〉などという人がいます。がっかりしたおみつさんでしたが、おみつさん自身もわらぐつの見た目を気にするようになります。

 そんな時、若い大工さんがわらぐつを買ってくれたのです。大工さんは〈わらぐつ〉の値打ちを見抜き、〈「……いい仕事ってのは、見かけできまるもんじゃない。使う人の身になって、使いやすくじょうぶで長持ちするように作るのが、ほんとうにいい仕事ってものだ」〉と言って、おみつさんの値打ちを「わらぐつ」を通して見抜いたのでした。

 「おわり」はおばあちゃんの話を聞いたマサエが〈「雪げたの中にも神様がいるかもしれないね」〉というように変わっていきます。マサエの心の変化はおばあちゃんの話を聞いたことによってもたらされました。

 マサエは、おじいちゃんとおばあちゃんのすばらしさを改めて知ると同時に、ものの値打ちや人間の本質について考えるのです。

主題

 マサエはスキーぐつがぬれていて、かわかないのにいらいらしていた。それを見ていたおばあちゃんが、わらぐつをはいていくことをすすめる。でも、マサエはわらぐつはみっともないとつっぱる。

 そんなマサエに、おばあちゃんは自分の若い頃の話をする。

 その話は、わらぐつを一生懸命編んだおみつさんの話であった。おみつさんの編んだわらぐつはぶかっこうだけど、そのぶかっこうなわらぐつを買ってくれた若い大工さんは、「ものの値打ちはみかけだけでなく、それを使う人のことを思いやる気持ちが大切だ」と言う。

 おみつさんは、その大工さんの気持ちに感動する。その話からマサエは「わらぐつの中の神様」の意味を知る。

四、指導計画

(一)指導のねらい

○おみつさんの考え方、生き方に大工さんが共感し、また大工さんの考え方、生き方におみつさんが共感して二人が結ばれたことを読み取らせる。

○おばあちゃんのわらぐつの話から、ものの値打ちは見かけで決まるものではない。ということを知ったマサエの心の変化を読み取らせる。

○おみつさんに寄りそって自分の思いが書け、発表できるようにする。

(二)指導計画(全一六時間)

○教師の読み聞かせと初発の感想(一時間)

○たしかめ読み

●「はじめ」マサエの家族の様子とマサエの人物像をとらえさせる(二時間)

●「なか」①おみつさんの人柄と雪げたとの出会いを知り、おみつさんに共感する(二時間)

●「なか」②わらぐつをはく人のことを考えて、編み上げたおみつさんの人物像をとらえさせる…(三時間)
本時(1/3時間)

●「なか」③おみつさんと若い大工さんの出会いと、誠実な大工さんの人物像をとらえさせる……(三時間)

●「おわり」わらぐつに対するマサエの見方の変化をとらえさせる(二時間)

○まとめ読み

おみつさんの生き方に共感し、ものを見るときは外見にとらわれず、中身をしっかり見ることが大切だということをわからせる。(二時間)

●表現読み・終わりの感想(一時間)

五、初めの感想

義則

 スキーができるなんていいな。ぼくはしたことがないからいいな。

 初め「わらぐつの中の神様」は何だろうなと思って聞いていた。

 おもしろいのが、「おみつ」と自分のことを言っているのがおもしろい。

 白い軽そうな台に、ぱっと明るいオレンジ色のつま皮は、黒いふっさりとした毛皮のふちどりでかざられているのをみたら、ほしくなった。ぼくも立ち止まってずっと見る。そして、お母さんにねだっても聞いてくれなかったら、自分でするしかないと言ってするのがいいな。

 そして、わらぐつを作るなんですごい。形は変だけどいいな。そして初めてわらぐつを買ってもらってすごくうれしいだろうな。そして、毎日毎日買ってもらって、けっこんと同じことを言われ、けっこんして幸せだろうな。

 そして、ほしかったげたも買ってもらったけど、もったいないからはかないのもわかる。

 義則の感想は「いいな」「すごい」とおみつさんの人柄に感心しているものの、おみつさんがはく人のことを考えて作ったことが省かれています。本当のおみつさんのよさはわかっていないように思います。

 一度だけの読み聞かせでわかるのはむずかしいのですが、義則自身、物事を深く考えないところがあるので、この授業でどこまでわかってくれるか考えると、この授業をするのが楽しみになってきました。
〈初めの感想〉

◆わらぐつをはく人のことを思って作ると、きっとその中にも神様があることが何となくわかったような気がした。

◆おみつさんは若い大工さんとけっこんできてよかった。

◆おみつさんもお父さんもやさしい人だと思った。

◆これから、もっと勉強してこの話しの内容をよくわかりたい。

 全体的にこの話が少しわかったという程度の感想が多いように思いました。中には内容が分かりにくいと言う子も何人かいました。

 おみつさんのことについては「とてもやさしい」「いい人」「すごい人」というふうに書いている子どもが何人かいました。

 全体的には「わらぐつが売れてよかった」と書いている子どもが多かったです。また、大工さんのことは「いい人だ」「すごくやさしい人だ」「心が広い」「大工さんの言葉はすごくいい」と書いていました。

 マサエのことはあまりふれられていませんでした。感想文を読んで、それぞれの人物像をしっかりとらえさせたいと思いました。

六、授業記録(「なか」②-(1))

 本時の目標・わらぐつをはく人のことを考えて、一生懸命編み上げたおみつさんがどんな人物かをとらえる。

(前半部分省略します。)

T 今までのところでは、おみつさんというのは「まじめな人」「わがままをいわない人」「せっせと働く人」「えらいんだなあ」「がまんをする人」「えらくてやさしい人」「責任感がある人」というのが出ました。今日の場面でおみつさんがどんな人かというのを勉強していきます。

(二人の音読の後)

浩次 「 その夜おみつさんは考えました。うちのくらしだって大変なんだもの。買ってもらえないのも無理ない。そうだ、自分で働いてお金をつくろう」と言うところから、なんてえらい人なんだろうと思った。

(深く物事を考えるところがある浩次。手を上げて発表することもめずらしい。)

幸介 夜も考えるのは、雪げたがほしいからだ。前もおみつさんには雪げたが「買ってください」と聞こえたのは、おみつさんにはやさしさがあるからだ。

(よく発言する幸介。本を読むのが好きな子。)

彩恵 自分で働いてまで雪げたを買おうなんて、それだけ雪げたがほしい。

(まじめでしっかり書き込みをする沙絵。よく本も読む。)

亜紗 おみつさんはもうお母さんに「だめだ」といわれたから納得して、しつこく言わないから親思いのおみつさんだなあ。

(よく発言する愛。この作品の授業もよく手が上がる。)

貴彦 「毎晩家の仕事をすませてから、わらぐつを作り始めました」というところから、しんどいけど雪げたがほしいからがんばっている。

(面倒くさがりの貴彦。この作品の書き込みはしっかりしてくる)

浩次 おみつさんは熱心だなあ。

祐一 家の仕事だけでも大変なのに、わらぐつを作るなんてすごく働きものだなあ。

(おとなしい祐一。自分の書き込みを見ながら発表する。)

美佳 自分でお金をためようとする努力がすごい。

T 本当ね。考えようとするところがすごいね。何を考えたのですか。

義則 わらぐつ。お父さんがわらぐつを作っているのを見ていたから。作ろうと思いついた。

T どんなふうにわらぐつを作っていますか。

康夫 「でも……少しぐらい格好が悪くても、はく人がはきやすいように、あったかいように、少しでも長持ちするようにと、心をこめて、しっかり、わらを編んでいきました」(クラス全員うなずく)

T 全貝で読みましよう。

全員「でも……」(声をそろえて全貝で読む)

(ここでは、「しっかりしっかり」の繰り返しの言葉や「でも」の逆接の使い方から、強く言いたいことを押さえる。そのことによっておみつさんのやさしい人柄がはっきりわかったようである。)

T こうしてできたわらぐつは、どんなわらぐつでした か。(書いてあることを発表する。)

-省略-

そんなわらぐつを家の人はどういったの。

翔太 そんなわらぐつ売れるかなあ。

宏人 つけたし。うちの人はそういってわらったり心配したりした。

T それでも元気よく町へ出ていったおみつさん。楽しくなったおみつさん。ここからわかるおみつさんの人柄を班で話し合って発表しましょう。

(班学習はずっと取り入れてやってきました。)

一班 おみつさんは、ちょっとだけでも自分の手の届くところに雪げたがきて、うれしいだろう。

二班 家の人に「うれるかなあ」といわれても、元気よく町へ出ていって、自分で作ったお金で雪げたを買えたらうれしいだろう。

三班 わらぐつを編んで早くお金をためて雪げたが買いたい。

四班 おみつさんは、わらぐつを編んで自信があったから売れると思った。

五班 気合いが入っていて、気持ちがうきうきしている。

秀晃 つけたし。お父さんやお母さんにわらわれたり、心配されたりして、わらぐつを持っていくのは、よほど勇気がいるだろう。

(発言の少ない秀晃なのに手を上げてくれ、うれしく思う。)

貴彦 つけたし。おみつさんはその雪げたがちょっぴりと自分の手の届くところへ出てきて、楽しくなったというところから、どんどん自信がもりあがっている

(班討議でおみつさんの人柄よりも、おみつさんの気持ちや思いが出てしまった。でも、秀晃や貴彦が付け足してくれたのがよかった。)

T この場面から、おみつさんのどんな人がらがわかりますか。

(もう一度押さえ直す)

晴菜 すごく働きもののおみつさん。

祥子 やさしいおみつさん。

麻実 自分でお金をつくるからえらい。

幸介 考えようと努力するところから、努力家。

知花 勇気がある人

亜紗 人が言ってもめげないから心が強い。

(おみつさんの人柄を短い言葉でまとめすぎた気がした)

T 今日のところの感想を書きましょう。
義則

自分でお金をつくろうなんですごいし、わらぐつをつくったらへんになったけど、とてもじょうぶだからこわれないだろう。そして、悪口を言われてもめげずにがんばるのがすごい。

(義則はおみつさんのこと「すごい」と二回も書いています。初めの感想にも「すごい」というのがありました。感心して出る言葉でありますが、表現力の乏しさも感じました。)

良介

 おみつさんはわらぐつを作ったことはないけれど、編むのだけでもむずかしいのに、おみつさんは作れたからすごいと思った。最後に自信をつけて朝市へ行ったから、売れなくてもがっかりしないと思う。

(良介君はほとんど発表しない子です。でも書き込みをしていくとよく書くので、ほめて発表するようにさせてきました。)
香帆

 おみつさんは親にめんどうをかけないで、自分で努力してほしいものを買おうとするなんて、えらい。そんな気持ちがあるから、おみつさんにやさしい心ができるんだろう。

(香帆は書き込みも発表もよくする子どもです。おみつさんのやさしさはとらえていますが、後半の力を入れたところの感想がありません。印象に残らなかったのはなぜか考えたいと思います。)

七、終わりの感想

義則

 マサエは初め、神様のことを信じていなかったけど、おばあちゃんの話を聞いて、神様がいるのを信じた。それに、わらぐつのことを「みったぐない」と言っていたけど、わらぐつのよさがわかった。

 ぼくは、おばあちゃんの話がおもしろい。なぜかというと、自分のことを言うからすごい。おばあちゃんが話しているときは、マサエはどんどん成長しただろう。ぼくもこの話しを勉強して見た目だけじゃなくて、中身をみて選ぶ。

 おじいちゃんとおばあちゃんの出会いは、とても楽しい。わらぐつがなければ、出会わなかった。マサエはこの話を聞いて、おばあちゃんが、(中略)

でも、この雪げたにはおばあちゃんの思い出がたくさんある。おばあちゃんのたから物だろう。おじいちゃんが帰ってきて、マサエは、おじいちゃんのことが好きになっただろう。

 一番気になっていた義則でしたが、この文を読んでわらぐつのよさがわかってきたように思います。また、外見より中身を選ぶとも書いています。この作品を勉強したから物を大事にするとは思っていませんが、考えるきっかけとなったことは間違いないと思っています。

康夫

 初めは、わらぐつの中に神様はいないといっていたが、おばあちゃんが聞きやすいようにくわしく話をしてくれて、自然と神様がいるとマサエは信じていた。

 おみつさんは中身があたたかくて、外は変でも心を込めて作ってえらい。大工さんに次の日も次の日も買ってもらって、一歩また一歩と雪げたに近づいて、うれしくてたまらなくなって、心を込めて次の日も作って、おみつさんはえらい人とわかった。(省略)

 ぼくは神様の絵をかいていたけど、神様はいるんではなくて、人の心に宿ったのが神様というのがわかった。ぼくはずっとずっと前から外見だったけど、少し中身もとろうかなという心もあるようになった。

 事故に逢った康夫が「ぼくは中身より、外見を取る」と言い続けていたのが印象的でした。常々、授業中も落書きをしていて人の話がしっかりきけない子ですが、この作品については、「中身もとろうかな」と前向きに考えてくれたことはよかったと思っています。
幸介

 この物語を勉強して、マサエは最初「わらぐつなんかみったぐない」なんて言ってたけど、この話を聞いて、物を外見だけじゃない中身も見るものだ。人が一生けん命に作ったものは、神様がいるのといっしょだと、おばあちゃんの話を聞いて変わってきている。

 ぼくは物を買うにしても、外見と内面で決める。おみつさんのがんばって作ったわらぐつを、大工さんに買ってもらえたのは、おみつさんががんばって、しっかりしっかりあったかいように、長持ちするように心を込めて作ったことが通じたんだろう。(省略)

 気の弱いところがある幸介が、一番授業に乗ってきて、発言をよくしてくれました。大工さんの心の広さやおばあちゃんのやさしさにも共感している幸介でした。

八、終わりに

 二学期は取り組みが遅くなり、「大造じいさんとガン」を一二時間ぐらいかけて、この作品に入る直前までやっていました。

 文学の授業が続いて、だれないかなあ。書き込みはするだろうか。不安はありましたが、授業に入ると子どもたちは、一生懸命書き込みをしたり、班討議をしたりしていました。この作品のよさと私の意気込みに子ども達は引っ張られたのだと思います。

 一時間一時間は楽しく授業ができました。それは、子どもたちがしっかり書き込みをして、発言してくれたからです。

 発言が少なかった吉和も「わらぐつの中に神様でも住んでいるのかと思ったら、全然ちがう話だった。人の気持ちがあふれているわらぐつを神様というのだろう……」と書いていました。とらえ方がいいなあと思いました。

 また翔太は、「この話を読んで、ものは見た目だけじゃなくて、中身も見ないとだめだし、大切にしないとあかんなあと思った。……」と書いていました。子どもたちとものの見方について話し合えたことがよかったと思っています。

 事後研の中では「人柄を考えるより、行動を考えることの方が大事ではないか」という意見が出ました。私は行動から人柄を考えることができると思ってやったのですが、「働きもののおみつさん」「やさしいおみつさん」「努力家のおみつさん」「心が強いおみつさん」というのでまとめてしまってよかったんだろうかと、この実践記録を書きながら問い直しています。

出典:「どの子も伸びる」1998.7/部落問題研究所・刊
(個人名は仮名にしてあります。)

モチモチの木

文学の授業

「モチモチの木」(斎藤隆介・作『はぐるま』④)

 この記録は六年前の実践ですが、文学を学ぶことの楽しさを私に教えてくれた、思い出深いものです。

一、作品と子ともたち

 子どもたちに、いい文学作品にふれさせたい。そして私も子どもと共に学びたいと思い、四月から「スイミー」や「太郎こおろぎ」などの投げ入れをしてきた。

 「モチモチの木」は、絵本などで知っている子も多いし、斎藤隆介の作品は「花さき山」「ひさの星」「天の笛」などを読み聞かせており、子どもたちには親しみ深い作家である。この作品は私も大好きで、元気で愉快なこのクラスの子どもたちもきっと大好きになってくれるだろうと思った。

 豆太には両親がいない。豆太をいとおしく大切に育ててくれるじさまの愛情に包まれて暮らす豆太。現代の家庭に失われがちなものがそこにあるように思う。私のクラスには、母子家庭の子も二割近くいるし、父親に育てられている子、祖父母に育てられている子もいる。そんな子どもたちにも、この作品は親しみ深く、人間的な魅力を持って、迫ってくるのではないだろうか。

 また、「あの人は乱暴だからきらい」「あの人は……だからいやだ」と、友だちを一面だけでとらえる傾向も強いし、一つ何か出来なければもう自分はだめだと自信を失ってしまうように、自分をも一面的にしかとらえられない傾向も強いが、この作品はそんな私たちに、人間を多面的に丸ごとつかむことの大切さも語りかけてくれる。

 豆太によりそい、豆太に感動し、豆太に親しみを持つ中で、子ども達自身の中にある豆太をよびさまし、育てていけたらと思うのである。

二、主題、思想

・夜も一人でセッチンに行けないほどのおくびょうな豆太が、大好きなじさまの苦しむ姿を見て、じさまを助けるために夢中で夜道を走り続けた。

 その勇気を生んだものは、じさまの愛情の中で育くまれてきた豆太のじさまへの限りなき愛情である。

・人間に愛にもとづく<やさしさ〉があれば、勇気ある行動を生み出すことができる。

・人間は状況の中で変化するものであり、固定的、一面的にみるのではなく、その状況の中での姿を正しくとらえる事が大切である。

三、指導計画と目標(全11時間)

1、だんどり

2、とおし読み 読み聞かせ、はじめの感想  1・2で二時間

3、たしかめ読み(七時間)

「おくびょう豆太」二時間

・語り手の語り口と豆太の状況からおくびょう豆太をイメージ化する。

・じさまの豆太への愛情を読みとる。

「ヤイ木イ」一時間

・豆太の姿を内と外からとらえ、モチモチの木の昼と夜のちがいや、じさまとの関係をとらえる。

「霜月みっかのばん」一時間

・美しいモチモチの木のイメージを、豆太の内面を通してとらえ、豆太の心のゆれをよみとる。

「豆太は見た」二時間

・じさまを助けようと必死で夜道を走る豆太を内と外からとらえ、モチモチの木に灯がつくのを豆太と共に感動的にとらえる。

「よわむしでもやさしけりゃ」一時間

・じさまの言葉から、人間の真実について考え、終わりの三行からまとめ読みにせりあげていく。

4、まとめ読み(二時間)

・じさまの言葉は何を意味するのだろうか。

・豆太は本当におくびょうなのだろうか。

・おわりの感想。

四、たしかめ読み

第一時、おくびょう豆太

○「まったく豆太ほど……」と言っているのは誰か。(作者ではなく、語り手であること)

○語り手は豆太をどう思っているか。

まったく>と最初から言っている

もう五つにも>←→<もう五つ>くらべ読み}から考える

○豆太はモチモチの木をどう思っているか。

○そんな豆太をどう思う。

○「豆太は本当におくびょうなんだろうか」という問いが生まれた。

第二時、おくびょう豆太

○どんなじさまだろうか。〈真夜中にどんなに小さな声で言っても、すぐ起きてくれる〉という言葉から、豆太をかわいがっているじさまであることをつかんだ。

○〈とうげのりょうし小屋にたった二人で……〉さびしいだろうなあ、お父ゥも死んだし、お母ァもいない、友だちもいない、という生活状況の中の豆太を考え、だからじさまは豆太をかわいがるんだ。

第三時、ヤィ木イ

○〈木が立っている>というのはおかしい。〈木がふりおとしてくれる〉というのはおかしい。という子どもの発見から、モチモチの木をイメージ化した。

○なぜ昼は元気なのに、夜はあかんのかという疑問が生まれ、夜のモチモチの木が豆太にとってはどんなにこわかったかを話し合った。

○じさまがモチを作ってくれる様子。木ウス、石ウスはどんな物かを話し合う中で、じさまの仕事は大変だという事、豆太をそれほどかわいく思っているのだとつかんだ。

第四時、霜月みっかのばん

○じさまの言葉から豆太への願いをつかんだ。

○見たい、でもこわいという豆太の心の揺れ、夢みてえにキレイなモチモチの木を想像し、見たい気持ちを持ちながら、自分で自分を弱虫と決めつけて寝てしまう豆太に、子どもたちは見てほしい、豆太ガンバレと声をかけた。

○「ねてしまう豆太にじさまは何も言っていない」という 、意見が出、「じさまは、豆太に自分から勇気を出してほしいと思っているのではないか」という考えが出て、じさまは自分の願いを豆太におしつけず、豆太の成長を信じ、待っているのだというとらえ方ができ、じさまの人物像を大きくふくらませる事ができだ。

五、第五時、豆太は見た

[本時の目標]

 表記、ことばに気をつけて、豆太のおどろく様子、じさまの苦しむ様子を、しっかりイメージ化する。そして、大好きなじさまを助けるため、夜道を走る豆太を内と外からとらえ、豆太のじさまへの愛情が、豆太の勇気ある行動を生み出したことをつかむ。

[本時の展開]

学習活動 留意点(大事な語句)
・導入 今までの豆太について話し合う
・目をさました豆太のおどろきをよみとる クマのうなり声
「ジサマ~!」
クマみたい
「ジサマッ!」
気持ちの変化
・じさまの苦しむ様子をよみとる 「マ、豆太……じさまはじさまは……」コロリとタタミにころげると、歯をくいしばってますますスゴクうなる……
・医者をよびに走る豆太の様子を話し合う -イシャサマヲ……
こいぬみたいに、フッとばして
ねまきのまんま、はだしで
・外の様子をイメージ化し豆太の気持ちを考える まっ白いしも 足からちがでた
なきなきはしった
いたくて、さむくて、こわかったからなあー
 でも、大すきなじさまの死んでしまうほうが……
・豆太についてどう思うか考える 今までの豆太とくらべて考えさせる
(外の目から異化体験)
・次時予告 –

[授業記録]

教師この晩てどんな晩かな。

今井 しも月みっかの晩。

小野 モチモチの木に灯がともる晩。

教師 そうね。豆太はその灯を見たい見たいと思いながらねてしまったのね。

〈豆太はまよなかにヒョッと目をさました。あたまの上で、クマのうなりこえがきこえたからだ。「ジサマァッー!」むちゅうでじさまにシガミつこうとしたがジサマはいない。〉

 この文で思うこと、わかることを言ってください。

大泉 「ジサマァー!」と波線がついているから、ふるえて言っている。

高橋 〈ヒョッと目をさました〉とあるから、急に目をさましたんだと思う。

坂田 豆太は家の中で寝てるでしょう。それなのにクマがくるわけないと思う。

教師 坂田さんはおかしいと思うのね。でも豆太は、

C クマと思った。

教師 豆太はどう思ったんだろうね。

C こわかった。

教師 それで、

C じさまにしがみつこうとした。

白井 <じさまはいない。〉ときつく言ってるからギクッ とする。

奥野 〈じさまがいない〉と書いてあるでしょう。〈じさまがいなかった〉というより〈いない〉の方が、じさまを大変だという気もちが強くでる。

教師 「ジサマァッ…!」と「ジサマッ!」と、どうちがうのかな。

前川 「ジサマァッ…!」はふるえている。

田中 「ジサマッ!」はさけんでいる。

堀内 「ジサマッ!」はじさまが苦しんでいるのを見てびつくりしている。

高橋 クマにみたいに見えたのが、じさまということがわかり、苦しんでいるのがわかってびっくりして叫んでいる。

教師 クマのうなり声だと思ってふるえながらとびついたが、クマみたいにうなっていたのはじさまだった。じさまの様子はどうだったの。

山岡 豆太がとびついても、歯をくいしばって、ますますスゴクうなるだけ。

西岡 ふつうはスゴクとしか言わないのに、ますますスゴクとあるから本当にすごうくいたい。

谷田 〈じさまはじさまは〉と二回くり返している。一回だけ言うより苦しい様子。

教師 でも、ちょっと腹がイテエだけだって言っているよ。

小野 本当は痛いのに豆太をこまらせたくはないから、ちょっとと言っている。

白井 豆太は、じさまの事を心配しているし、じさまも豆太のことを心配している。(中略)

教師 〈ねまきのまんま。はだしで。半ミチもあるふもとの村まで……〉の文で思うこと、わかることは。

奥野 〈ねまきのまんま。〉で切っているから、豆太がじさまを助けたい気持ちを強くしている。

山本 豆太はじさまにかわいがってもらっていたやろう。それでな、いそいでいそいで、ねまきなんか着がえる間がない。

早浪 ねまきで寒くてハダシで冷たいのに、人のためにがんばっている。豆太は立派だと思う。

教師 早浪さんが豆太は立派だと思うのね。

小野 じさまのためなら、ハダシでも、ねまきのままでもいいと思った。

大泉 じさまの苦しんでいるのを見て、見てられないほどだったから、ねまきのまま、ハダシでとびだした。

白井 〈ねまきのまんま〉で切ったり、カタカナで書いたりしているから、読み手がびっくりするようで、すごいなーと思う。

高橋 ぐずぐずしていたら、じさまが死んでしまうと思って、ぞうりなんかはくひまなんかない、ねまきを着がえる間なんかない。

大泉 じさまは、ちょっと腹がイテェだけだと言ったけど、苦しんでいるのがわかって、豆太に心配させたくないというじさまの気持ちがわかったからとび出した。

教師 〈外はすごい星で、月もでていた。とうげのくだりのさかみちは、いちめんのまっ白いしもで、雪みたいだった。しもが足にかみついた。足からはちがでた。豆太はなきなきはしった。〉

塩谷 じさまが死んでしまうかもしれないから、豆太はがまんして、じさまのことばかり考えて走った。

長尾 自分よりじさまの方がいたいんだと思って走った。

白井 霜が足にかみついたって痛いだろうなあ。足からは血が出たってあるからもっと痛いだろうなあ。(中略)

教師 豆太は心の中でどんなことつぶやきながら走ったのだろう。

中山 じさま、医者様よんでくるから、待っててな。

清水 じさま大丈夫かな、死なないかな。

山本 早く医者様を呼んできて、じさまの腹イタなおさなくっちゃ。

白井 たいへんだ、たいへんだ。

小野 今、医者様をよんでくるから、がまんしててね。

大泉 モチモチの木がこわかったけど、モチモチの木なんかどうでもよかった。じさまのこと考えて、じさま待っててねと心の中で叫んでいる。

教師 今までの豆太は、おくびょうで弱虫だったね。その豆太が、今一生懸命走っているのね。この豆太を見て、私はどう思うか、書いて下さい。……では、発表してもらいます。

田中 語り手はおくびょうだと思っているけど、私は勇気があると思います。

吉岡 ぼくも田中さんと同じで、豆太は勇気があると思います。ぼくはちょっと敗けた感じがする。

谷田 豆太は自分はおくびょうと思っているけど、ぼくからみたら勇気がある。

早浪 泣き泣き走って立派だと思う。外側はおくびょうだけど、中側はやさしさでとろけそうな気がする。

白井 私はお母さんが病気になったら、豆太みたいにできるかな。

高橋 霜がおりて冷たい、痛い道を一人でがまんして走っていくなんてすごいなー。

大泉 おくびょうで、甘えた豆太が、真夜中医者様をよびに行った。豆太は、すばらしい心を持っている。

清水 寒くて、いたくてこわかっただろう。

教師 そうね、痛くてこわかっただろうね。でも、一番こわかったのは。

山岡 じさまが死んでしまうこと!(後略)

六、第六時、研究授業の後で

 校内研の翌日、子ども達も緊張していたし、私ももう一つつっこみが足りなかったので、「昨日の授業で言えなかった事、言いたりなかった事ない?」と問うと、谷田くんが言った。

「これは、家で話し合った事なんだけど、人間いざという時、勇気がでるのだな」

このことから、どんな人間でもいざという時、勇気が出るのだろうかが問題になった。誰でもできるわけではない。豆太はじさまが大好きで、じさまの苦しむのを見ていられなくて、やさしさを勇気にかえて走ったんだ。そして、この豆太のやさしさは、じさまのやさしさの中から生まれてきたのだと話し合った。

七、第七時、よわむしでもやさしけりゃ

 「人間やさしささえあれば、やらなきゃならねえことはきっとやるもんだ」から、じさまのいうやさしさとは何だろうかを話し合った。そして、じさまのいうやさしさは、何かくれるとか、してくれるとかいうやさしさではなくて、人にしてあげるという愛情、ひさの星のように、人がこまっている時、苦しんでいる時、その人を助けてあげる事が本当のやさしさであると話し合われた。

 ここまで深まってくると、発表する子が減ってきたが、フンフンとうなずきながら聞く子どもの表情を見ると、豆太とじさまを結ぶ愛情、じさまのためこわさも寒さも忘れて走った豆太の行動を生み出した「やさしさ」の意味を、それぞれの心で受けとめてくれたのではないかと感じた。

八、まとめ読みの授業

 最後の三行〈それでも豆太はじさまがげんきになるとそのばんから「ジサマァ」とションベンにじさまをおこしたとサ〉の意味が問題になった。

教師この終わりの三行がなかったらどうだろう。

C おもしろうないわ。

小野 勇気のある豆太で終わってしまう。

奥野 終わりの文がある方が「アレ?」という気持ちがしておもしろい。

教師 どうして?勇気のある豆太でおわる方がカッコイイんじゃないの。

C おもしろうない。

早浪 終わりの三行ある方が、この続きどうなるんだろうと考えさせられていいと思う。

教師 なるほどね。じゃあ、ここで豆太はまたじさまを起こしているけど、豆太はおくびょうなのか勇気があるのか、どっちでしょう。

今井 わたしは、やっぱりおくびょうだと思います。清水 そしたら、医者様よびに行ったのはどうなるんですか。あんなことできたんやから、勇気あると思います。

子どもたちは迷いました。どっちが本当の豆太だろうって
……そんな話し合いの中で--。

谷田 ぼくは、豆太がじさまの腹いたなおったら、またしょんべんにつれてもらってるのは、五つやしこわいのは当たり前やし、おくびょうとちがって、普通の男の子やと思う。

吉岡 しょんべんに連れてもらうのは普通の子やけど、あんな夜道を一人で走ったのは、前に人間誰にでも出来ることとちがうって話し合ったけど、普通の子とちがって、勇気ある子やと思う。

教師 小便に連れて行ってもらうのは普通の子だけど、医者様呼びに行ったのは誰にでもできることじゃないから勇気のある子だっていうのね。

山岡 豆太はおくびょうと勇気と半分ずつちがうかな。

寺井 おくびょうだけどやさしい心持っていて、いざという時勇気でたんだから、両方持っていると思う。

高橋 勇気あるか、おくびょうか、そんなんどっちかなんて簡単に決められへんと思う。

教師 そうやね、おくびょうか勇気あるかなんて決められないね。普段は弱虫でじさまに小便に連れて行ってもらう豆太は、ぼくらの五つの頃と同じ男の子なのね。その豆太がじさまの苦しんでいるのを見て山道を走った。そこが豆太のすばらしさであって、人間の値うちがそこにあるのね。

 人間、その時の行動だけ見て、いい人悪い人って決められるかな?決められないもんね。その人の中には、いろんなもの持っているもんね。

 最後の朗読が終わると、子どもたちの中から拍手が起こ った。

九、おわりの感想

豆太のやさしさ
寺井佑奈

 わたしは、豆太がすきです。じさまが苦しんでいる時でもあのおくびょうだった豆太が、はだしでねまきのまんま足から血を流して、やっぱりじさまの心から豆太の心まで、やさしさが伝わったのかもしれません。わたしは、そんな豆太がすきです。

 (略)そうそうだけど、じさまはだれにもやさしいみたいです。しんどいけど、がんばってあげる。それこそわたしは人間と思います。だから、日ごろからじさまが豆太にやさしくしているから、豆太もじさまを助けることができたんじゃないかと思いました。

 やさしさは、思いやりだと思いました。

豆太のやさしさを勇気にして
吉岡卓也

 豆太はやさしさがあって、じさまをすくうことができたんだ。このやさしさがあってこそ、豆太のねうちが出ているんだ。そのやさしさは、あれしてくれる、これしてくれるのやさしさじゃなくて、思いやりやあいじょうがそのやさしさであり、そのあいじょうは小さいあいじょうやふつうのあいじょうではなくて、大きなすばらしいものなんだと思います。豆太には、大きなすばらしいすてきな心がむねいっぱいに広がっていると思います。

 豆太はじさまのために、こんな夜道を走ったのも、このやさしさがあったからだと思います。モチモチの木のひを見たいから走ったんじゃない。じさまのために走ってぐうぜんにモチモチの木のひを見ることができたんだ。

 ぼくは、豆太の心に感動しました。(略)

モチモチの木のだいじなこと
小野浩一

 (略)豆太はすごくやさしいなあーと思う。それだし、初め語り手は豆太に文句を言っていたのに、今になってすごいなーと思っているんかもしらん。それだし、豆太はふつうの子ではない。ふつうの子で、五つになってもあんな夜道走れるのは豆太だけ。ぼくはこう思いました。人に勝手に、よわいなーとか言わないことにしました。
[学級通信を通じて父母もいっしょに]

 学級通信に、この授業のことを書いて出しました。それを読んだ感想や意見が、お母さんから寄せられ、新しい見方も教えられました。

〈じさまの大きな心についての記事を読み、感動して二度も読み返しました。白井さん、本当にいい所に気がつきましたね。なるほど、私自身がこのじさまを大好きなのはそういう所なんだわ。そして、自分の親たちも、私たち子どもに対してじさまと同じようだったという、なつかしい思いを呼び起こしてくれました。じさまの大きなやさしい心を思うと、いつもギャーギャー言っている私も、とても素直な気持ちになってきますね。子どものため、この子のためと言いながら、実は自分が安心したいための文句もあるような気がします。--石川さんのお母さん--〉

一〇、授業を終わって

・何よりこの作品が子どもを引きつけるものであったこと。この勉強をしてよかったと何人もの子どもが感想に書いていたことがうれしかった。

・話者の存在をきっちり押さえ、視点をはっきりさせて授業を展開してきたことで、子どもたちが豆太の身になって考えたり、また外から客観化して考えたりという文学体験を深める事が出来たように思う。

・一人調べのノートを作り視写をさせ、その文、言葉からわかる事思う事を書きこませ、授業の前に目を通して子どもの考えをつかみ、それを授業に取り入れていった。まだまだ充分書きこめない子も多いが、授業が進む中で書くことも深まり、授業の中に出してきてくれた。

・子どもたちはやさしさについて語り、また人間を一面的にみないということも言ってはいるが、その事が生かされるような学級集団にはなかなかなっていない。今後は本当に相手を思いやる心を大切にした民主的な集団づくりを根本にすえ、文学で学んだ事が、子どもを変え、集団を変えていく力になっていくようなそんな学級づくりをめざしたいと思うのである。

出典:「どの子も伸びる」1989.9./部落問題研究所・刊
(個人名は仮名にしてあります。)

まさしく作文教育の出番

まさしく作文教育の出番

土佐いく子 (なにわ作文の会)

 三年目の若い先生から電話です。

「今日、懇談会で親にいっぱい言われて明日学校に行くのが恐いです。『うちの子が時計わからんで”算数がキライだ”と言ってるのに、なんで先生は先々進むんですか』と言われて…。私も必死にやってるんですよ。ていねいにやってたら『あんたのクラスは進度が遅れてる』って主任に言われるし…。もうどうしたらいいかわかりません…。」と泣くのです。

 その電話を置いたとたん、また別の方から相談メールです。

「子どもが立ち歩いたり私に暴力ふるったりするのは、私の指導が甘いからだ。『あなたは優しすぎる!もっとシメなあかん』と言われ、これからどう指導していけばいいかわからなくなりました。」  なんと、いま学校の帰りだと言うのですが、夜の十時半です。こんな若い先生方だけでなく、みんなくたくたヨレヨレ、疲れ果てていて、異常な教育現場になっています。

 それでも子どもたちは、今日もランドセルを背負って学校へやって来ます。

「なあなあ先生!あの歯やっと抜けたで」と大事そうにティッシュでくるんだ歯をポケットから出して見せてくれます。

「先生、げじげじっていう虫、知ってる?私きのう見つけたで。げじげじしてたわ。」

「きのうな、妹お母さんにめっちゃ怒られて、髪の毛つかんで風呂につっこまれてたわ。」

 聞いてもらいたい話をいっぱい持って、子どもたちは学校にやって来るのです。どの子も自分を表現したい、そしてそれを受け止めてほしいと願っています。

 毎日宿題はしてこない、またまた朝からケンカが始まる三年生のまあちゃん。久しぶりに日記帳を出してくれてありました。

「日よう日、夜の十時ぐらいになったら赤ちゃんが泣いてこまった。それでミルクの作り方がわからんかったから、だっこをして一時間かかってやっとねた。けど、つかれてふとんに入ったら、また泣きそうになって、トントンしてやった。しんどかったです。」

 夜の十時になっても仕事から帰らぬ両親を待ちながら、三年生の子が八ヶ月の弟の面倒をみている暮らしがここにあります。

「一人で弟の世話ようがんばったなあ。さすが兄ちゃんや。えらかったね。」 と頭をなでてやると、満面の笑み。

 こんな日記を教室で読むと、にぎやかな教室が静かになって、友だちの暮らしと言葉に耳を傾けてくれるのです。そして、朝の教室に共感の空気が流れます。

 子どもたちは、ランドセルの中に教科書やノートだけでなく、こんな暮らしを背負って学校にやって来るのです。それを受け止め、わかってくれる先生や仲間がいたら、子どもたちはどんなにか生きやすくなるだろうかと思うのです。仲間と夢中になってエスケンやドッジボールに興ずるまあちゃんは、”今日も学校に来てよかった”と満たされた笑顔でした。

 子どもたちは、こんな生きにくい時代にあっても、明日に向かってけなげに生きています。

 学校はその子どもたちを励まし、生きる希望を届けるところなのです。だからこそ、先生たちは親と子の願いに耳を傾け、子らの明日のためにいい仕事がしたいと必死に学び、命を削る思いでがんばっているのです。そんな真面目な教職員の力で、今の日本の教育は支えられているのです。

 しかし、この仕事、そうそううまくはいかない今日です。子どもがかわいいと思えなくて、キレてしまう自分に落ち込みます。

「ぼくなんか生まれてこんかったらよかったんや」と叫ぶ子の心に何があるのか、あの子はなぜあんな行動をとるのだろうかと、毎日悩み続けます。やればやるほど学級が空回りしてうまくいかなくて…。勉強がわからなくて騒ぐ子らを前に、教材研究をしたいと思うのにその時間がないのです。毎日湧いてくるように次々と出てくる仕事に終われます。ひとつひとつ目の前の仕事を消化するだけで必死で、何が大事なのかを見失いかねない現場です。

 私たちに今何がこそ求められているのでしょうか。

 一つ目は子ども観が問われています。今日の子どもをどうとらえるのか、どうしたら、子どもの本当の姿が見えてくるのか。

 二つ目は、子どもたちの人間関係をどう作っていくのか、そして学級という集団をどう創造していくのか。

 三つ目は、人間形成と学力の鍵を握っている言葉の力と自己表現力をどう豊かにつけていくのか。

 四つ目は、親を「モンスター」などと敵対視せず、共同でどう子育てをすすめていくのか。

 そうです、まさしく作文教育の出番なのです。戦前から営々と積み上げられてきた生活綴方教育(作文教育)は、今日求められている子ども観を豊かにしてくれます。現象面では攻撃的で不安定な姿を見せる子どもたちの中に、まっとうに育ちたい、大事にされたい、かしこくなりたい、友だちと仲良くしたいという人間的な願いをきちんと読み取るということなのです。

 子どもは今も子ども心を失わないで、この時代を懸命に生きているのです。

 そして、作文を書き、読み合うことを通して自分の生活を振り返り、自分の生き方を見つめ直します。同時に友だちのくらしや生き方に共感し、理解を深めます。そして人として結び合い学級という集団が創られていくのです。作文教育は、集団作りに大きく寄与してきた教育なのです。さらには作文教育は、ことばで自己を表現し、コミュニケーションし、ことばで思考・認識し、自己をコントロールしながら、人を人として育て学力の礎を築くのです。

 そして、きびしい暮らしの中で汗と涙を流し、子育てに悩む親たちとの共同を可能にしてくれるのです。親もまた子どもの作文の中に子ども発見をし、元気をもらいます。そして学校が好きになり、友だちと楽しく遊び、学ぶことに意欲をみせるわが子の成長を真ん中に、親と教師の問に共同と信頼の関係が生まれるのです。

 この実践集は、どの先生も子どもたちと格闘しながら、しかし作文教育に元気をもらって自らも成長している実践の記録です。

 読み終わったときには、“ああわかるわ、一緒だ”と安心もし、きっとわがクラスの子どもたちを見つめ直し、いとおしくなることでしょう。そして、こんな作文教育なら私もやれそう、やってみたいと元気が湧いてくるにちがいありません。

 若い仲間もベテラン教師の実践もいろいろ紹介されています。小学校低学年、中学年、高学年、そして思春期、詩、障害児教育、さらには子どもの作文をどう読むのかを語り合った「作品研究」と多様な実践記録が紹介されています。どこからでも読み進めてください。きっと明日からの実践にあかりが見えてくるにちがいありません。

この文章は「“ぼくも書きたいことあるねん”-どっこい生きてるなにわの子-」(なにわ作文の会編 本の泉社2010年)の序文「はじめに」の文章です。タイトル「まさしく作文教育の出番」はWeb人権教育事典の管理者がつけました。
2010_bokumo

 (出版社へのリンクはこちら)

スーホの白い馬

スーホの白い馬

文学の授業(二年)

一、学級の子どもたち

 山々に囲まれた本校に赴任してきて初めて出会った子どもたちです。男子一八名女子一八名で、人なつっこく、好奇心旺盛で元気いっぱいのクラスですが、一人ひとりをみると、いろいろ問題をかかえている子もあり、学級集団としては大変しんどい(特に話が聞けない、勝手な行動が多い)状態でした。

 そこで、次のような取り組みをしました。

① 朝の時間に毎日読み聞かせをし、ゆったりとお話の世界に入り込み、楽しむと同時に、集中して聞いたり考えた りする。

② 毎日、「お話タイム」をもち、日直さんにみんなの前で、したこと思ったことを話してもらう。

③「お話ノート」と称して、生活を綴らせ、自分の生活を思い起こし、考えると同時に学級通信にのせ、みんなで読み合いお互いをよりよく知る。

 これらの取り組みを通して、子どもたちの中に少しずつ成長が見られ、学級としてもおちついてきました。いつも初めは、ひろい読みしかできない孝典君がお話に興味を持ち、図書館で本を借りて休み時間本を広げるようになりました。作文や図工の時、いつまでも何もしなかった直樹君が遊んだことを少しずつ自分で綴れるようになりました。

 またふだんよくしゃべっていても、授業中の発表や本読みになると、一言も声が出ず泣いてしまう魁君が、自分から手を上げ発表しようとするようになりました。友達に「遊ぼう。」「一緒に帰ろう。」と声がかけられなかった美咲ちゃんが教室でも大きな声で友達と話していたり、学校の帰り約束をして、いろんな子と遊べるようになってきました。

二、子どもと教材

 「スィミー」や「くまの子ウーフ」、「お手紙」などの文学教材にも取り組んできました。文に即して読みとりながらイメージをふくらませ、登場人物に共感しながら読み深めていきました。仲間の中で生きるということ、お互いの思いやりや、やさしさを意識し始めた子どもたちですが、日常の生活の中で、何気なく言った一言や、ふざけてやったことが友達を傷つけてしまうことや、それがもとでけんかになってしまうというようなことがよくあります。そんな子どもたちに、スーホと白馬の愛情がどんなものなのか文学体験し、本当に人を大事にするとはどんなことなのか考えるきっかけになってほしいと思い、この教材に取り組みました。

 この教材は、二年生にしては長文なので場面ごとに毎日読む練習をし、本読みカードで家庭学習として、おうちの方にも協力してもらいました。声に出して読むことが好きになった子が多く、特に会話文においては、殿様らしく読むという工夫もできるようになり、登場人物の心の動きやその場の様子をイメージ化しやすくなりました。

 手がかりになる言葉や大切な文章には、線を引き、自分の思いを書き込むこともしてきたので、少しずつ自分の思いが自分の言葉で発表できるようになってきました。さらに、友達の意見にも耳を傾け、認め合ったり、共感し合ったりしながら読み合っていきたいという思いで取り組みました。

三、教材について

 この物話は、モンゴルの大草原を舞台に展開される貧しい羊飼いの少年スーホと白い馬を中心とした悲劇です。今でもモンゴルに伝わる「馬頭琴」という楽器がどのようにしてできたのかという由来を語る形式で始まるのですが、この馬頭琴によってモンゴルの人々の限りない願いや抵抗のエネルギーが現代にまで語り伝えられてきているということを心にとめて読み進めていきました。

 また、少年スーホが広い草原の中で遊牧民として働き、がんばって生きる姿を子どもたちにイメージ豊かにとらえさせるためには、絵本の挿絵やビデオなどの助けが有効でした。

 この話は、スーホと白馬の心の交流・愛情の深まりを描きながらすすめられています。優しいスーホは、白い子馬の命を助け、心をこめて育てます。白馬も命を懸けてスーホの羊を守ることや競馬の大会で力いっぱい走ることにより、スーホの愛に応えていきます。そして深い愛情や強い信頼が生まれてきます。単に飼うものと飼われるものという関係をのりこえて、お互いに信じ合う兄弟のように楽しく幸せな時をすごしたのです。

 しかし、そんな幸せを壊したのが権力者=殿様でした。

 外見や職業だけでいやしいと判断したり、約束などはおかまいなしにほしいものは力ずくで奪い取るなど、権力をかさにきた殿様の無法で横暴な態度は、スーホとのやりとりの会話文や殿様の行動の一つひとつに表現されています。

 これらの違いを比べたり、会話文の音読を工夫したりすることによって殿様の非人間性や理不尽さを読みとっていくようにしたいです。

 強引に引き裂かれた白馬は、瀕死の状態になりながらも命がけで大好きなスーホのもとへ帰ってきます。が、スーホの願いも空しく力尽きて死んでしまいます。そして夢の中でも心を通い合わせるスーホと白馬、権力者のどのような権力をもってしても、たとえ引き裂かれても、殺されても断ち切ることのできないスーホと白馬との深く固い絆は、読み手に深い共感を与えます。こんな悲劇の中で生まれてきた馬頭琴は、美しい音色と共にモンゴルの草原に広がり、現代にまで伝えられているのです。

四、思想

 相手のことを思いやり、心をこめて尽くすことで生まれた深い愛情や絆は、どんな権力者の横暴な行為をもってしても断ち切ることはできない。

五、初めの感想

 スーホは、大好きな白馬を売ってたまるかと思ったんだろうなあ。でもぼくだったらそんなゆう気はないから、とのさまにあんなふうにぜったい言えなかったと思う。そして、スーホが大切にそだてた白馬をころされてくやしいだろうなあ。 (将和)

 さい後に、スーホの白い馬はすごくかなしい思いで死んじやったんだね。けい馬でかったのに、ほうびをもらったのでなく、白い馬をうばわれてしまうなんてひどい。けい馬に出て、何でころされないといけないのかなあ、かなしい思いはきえないね。 (篤志)

 スーホはやさしい人だと思う。白馬はとのさまたちにやられたからかわいそう。スーホは、白馬をとられてころされてすごくいやだっただろうな。スーホは白馬が大すきだっただろうな。 (美咲)

 白馬、きみの気もちわかるよ。きみはスーホに会いたくて会いたくて、いのちをふりしぼってスーホのところに帰ってきたんだね。スーホ、夕方にもがいている子馬を見つけていっしょうけんめいそだてたのに、とのさまにうばわれて、ころされてかなしかっただろうね。 (大志)

六、指導計画(全一五時間)

第一次 はじめの読み(三時間)

 初めの感想・難語句の説明やモンゴルについて知る(ビデオ視聴)場面分け、あらすじをつかむ。

第二次 たしかめ読み(一〇時間)

 前書き、(一)~(二)の場面、後書きを読む。

第三次 まとめ読み(二時間)

 スーホと白馬の愛情について話し合う。終わりの感想を書き、交流する。

七、授業

本時の目標

 傷つきながらもスーホのもとへ帰り、介抱のかいもなく死んだ白馬の様子を読みとり、スーホと白馬の結びつきの深さ、愛情の強さを感じとる。

授業の記録

T さあ、「スーホの白い馬」の勉強を始めましょう。

 昨日勉強した場面をみんなで思い出してみましょ う。 (模造紙にまとめた板書図を見て、前時をふり返る。矢がささっても走り続けている白馬に書いた感想を読む。)

白馬、矢がささっていたかっただろうね。よくがんばったね。白馬は強いね。矢がささってもしなないで走れるなんて、白馬とスーホの心はつながっているんだね。 (真優)

白馬はえらいなあ。ぼくはきっと大好きなスーホのところへ帰れると思うよ。がんばれ。(直樹)

ぼくは白馬にこう言ってほめてあげたいな。「家来たちに何本も矢をさされたのに、よくがんばってスーホの家に帰ってきたね。白馬はスーホと約束したんだもんね。どんな時でもいっしょだよって。」 (知士)

T じゃ、今日は、白馬が走り続けて帰ってきた晩のことを勉強しましょう。初めに今日の場面を読んでみましょう。 (読みの苦手な子にできるだけ多く読む機会を保障するため、全員各自音読した後、指名読みする。)

T まず、その晩のスーホのことについて考えてみようね。その晩、スーホはどうしましたか。

篤志 ねようとしていた。

愛実 カタカタと音がしたから「だれだ。」と言っても返事がなかった。

宏隆 「白馬だよ、うちの白馬だよ。」と言った。

子(数人)それは、おばあさんが言ったんだよ。

T そうだね。おばあさんがさけび声をあげたんだね。

麻夏 歯を食いしばりながら白馬にささっている矢をぬきました。

健人 その前に「スーホははねおきてかけていきました。」があるよ。

信吾 スーホは「白馬、ぼくの白馬死なないでおくれ。」と言った。

T その晩、スーホがねようとした時、カタカタと音がしておばあさんの声にはねおきてかけていくと、矢のささった白馬がいて、歯を食いしばりながら矢をぬいたんだね。じゃ今読みとったところで、スーホについてもう少し詳しくわかること思ったことを話して下さい。

由紀 「ねようとしていた」というところで、スーホは白馬がいなくなってからねる時もずっとさびしかった。ずっと白馬のことばかり考えていたと思う。

宏隆 ぼくは「はねおきて」のところで言いたい。「はねおきて」やから、びっくりしてかけていった。

T 普通やったら何て言うかな?

C (数人)おきて。

香帆 スーホは白馬のことをずうっと考えていたでしょ。だから「白馬だよ」というのを聞いてびっくりしてはねおきていった。

知士 それに「かけていきました」やからすごく速く外へ行った。

由衣 白馬は殿様にとられたはずなのに、自分のところに帰ってきたからびっくりしてかけていった。

悠 そしてやっと会えたと思ってうれしかった。

愛実 もう絶対白馬に会えないと思っていたのに会えたから、スーホはすごくうれしかった。

健人 よっぽどうれしかったと思う。

大志 スーホと白馬の心はやっぱりつながってたんや。だから会えたんや。

T そうだね。スーホはまさか白馬が帰ってくるとは思ってなかったから驚いた。そしてうれしかった。でも見ると、その体には、矢がささっていたんだね。

信吾 ぼくは、「はを食いしばりながら」というところで、いやいやそうにしている感じがする。

T 何で、いやいやそうにしている感じがするの?

信吾 白馬が死んでしまいそうやから、やりたくないねん。

秀明 矢をぬいたら痛くて白馬はかわいそうや。でもせんとしょうがない。

(いやいやそうにという言葉が意外だったが、「つらいのをがまんして」という意味なのだろう。)

篤志 白馬にささっている矢がかたいねん。

拓也 うん、それですぐぬけないから歯を食いしばっている。

慧祐 スーホは、殿様に白馬が矢をうたれてその矢で苦しんでいるのを見たくない。

T なるほど、矢が白馬の肉に食いこんでいて簡単にぬけないんだね。でもそのままにしていたら傷はもっとひどくなるから、歯を食いしばって矢をぬいたんだね。

大志 ぼくは、白馬は殿様の家来にやられたんだから、「殿様め、こんなことをして。」と思ってぬいたと思う。

将和 殿様はスーホから大好きな白馬を取り上げといて、矢をうって白馬にひどいことをしたから、スーホは腹が立ってる。

綾未 「ぼくの大切な白馬をこんなことしてひどい。」と思つている。

T なるほどなあ。 (歯を食いしばり一本一本矢をぬく様子からスーホの殿様への怒りを感じている子もあった。)

T では、今度は、走り続けて帰ってきた時の白馬の様子について考えてみよう。白馬の様子がわかるところを発表して下さい。

恵里佳 「カタカタ、カタカタ」と音をさせて帰ってきたことを知らせてる。

美咲 「あせが、たきのようにながれおちています。」

拓也 もうちょっとつけ足しがある。「その体には、矢が何本もつきささり、あせが、たきのようにながれおちています」です。

いづみ 「ひどいきずをうけながら、走って走って走りつづけて大すきなスーホのもとへ帰ってきたのです。」

亜香音 「きず口からは血がふき出しました。」

沙恵 「息はだんだん細くなり、目の光もきえていきました。」

(子どもたちの発表した文をはっていく。)

孝典 「つぎの日、しんでしまいました。」

T そう、これは、次の日だね。

(「つぎの日」と板書する。)

大志 もう思ったこと言いたい。いっぱいあるねん。

宏隆 ぼくも早く言いたい。

T そうか、白馬のことについて思ったことやわかったことがみんないっぱいあるねんな。じゃ、早く言いたいという宏隆君からどうぞ。

宏隆 白馬はスーホにどうしても会いたかったから走って走って走り続けたんや。

絵里 「矢が何本もつきささり」やから、矢がいっぱいささってかわいそう。

孝典 絵見たら四本やで。

秀明 反対側にもささっているで。

T そうだね。「何本もつきささり」やから、たくさんささっていたのだろうね。

綾未 矢がささって痛いのをがまんして、痛くても止まらないで走ってきたから、汗が滝のように流れてるねん。

愛実 「あせが、たきのように」のところで体じゅうに雨がふったみたいにいっぱい汗が出てる。

綾奈 痛いし、しんどかっても、息がきれそうになっても大好きなスーホのところへ早く帰りたいから、走って走って走り続けた。

将和 白馬は死ぬ前に絶対スーホに会いたいと思って一生けん命走り続けた。

T 「あせが、たきのように」や「走って走って走りつづけて」の言葉をみんなよく読みとったね。じゃ次を読もう。

翔太 「きず口からは血がふき出しました」のところで、矢をぬいたから、プシューと血がふき出した。

篤志 「ふき出した」やから、いっぱい血が出てめちゃくちゃ痛い。

由紀 矢をぬいているスーホまでも痛い気がしたと思う。

T そうやな。スーホまでも痛くてつらかったやろうな。

香帆 血がいっぱい出たからすごく弱ってくる。

T 人間だって出血多量で死ぬこともあるものね。

(このコメントは不必要だった。)

恵里佳 初めの「カタカタ」というのは、矢がささって走り続けてきてるから、弱ってて、力がないねん。ちょっとだけドアに当てて「帰ったよ。」って言ってる気がする。

T なるほど、ということは、「カタカタ」って読む時は、弱く小さな音でということになるねんな。すごいなあ。先生もそこまで考えなかったなあ。 (「へんじもなく」という言葉から鳴けないぐらい弱っていたという事実が押さえられる のではないかという指摘を受けた)

真優 「弱りはてていました」というから、立つこともできなくて、もう死にそうなぐらい弱っている。

絵里 「いきはだんだん細くなり」というのは、ほとんど息がなくなってきている感じ。

由紀 息が苦しい感じ。

由衣 白馬の顔のところにスーホがいっても何もわからないぐらいの息。

T 今、言ってくれた意味、みんなわかる?普通やったら、顔や手を近づけたら息が出ているのを感じるでしょ。それが感じないぐらいの息やということやね。

香帆 「目の光もきえていきました。」というところは、もう目があけられない感じ。

いづみ きっともう見えないぐらいと思う。

知士 昔、スーホと元気に草原を走り回っている時はもっと明るいきれいな目やったのに、今は暗い目になってきている。

T そうだね。明るい目の光が消えて、とうとう死んでしまったのですね。

大志 何で白馬は何も悪くないのに、こんなことにまきこまれて死なないといけないんやろう。

拓也 白馬は何もしてないのに、最後に死んでしまうなんてかわいそうすぎるわ。

T 今日は、スーホや白馬についてしっかり読みとり、わかったことや思ったことをたくさん発表してくれたね。

C もっと言いたいことあるのに。

(他にも「言いたい。」「いっぱいある。」と残念がる声、でも時間がない。)

T じゃ、その思ったことや言いたいことをこの紙に書いてもらおう。

今日の場面を勉強して、スーホと白馬を見て思ったことを書いて下さい。

(書いている途中にチャイムが鳴る。)

(まとめとして、スーホと白馬の心の結びつきの深さ、愛情の強さという点を板書してきちんとおさえるべきであったと思う。子どもたちの感想に出てきていたので、次時の初めにそれを読んでまとめをした。)

終わりの感想

 白馬はしんで土にうめられてはなれるより、楽器になってスーホのそばにいようと考えたんだね。だから、スーホと白馬の心は、白馬が馬頭琴になってもずっとつながっているんだね。

 スーホはとのさまに立ちむかった。それは、スーホが白馬とどんなことがあってもいっしょだよとかたくやくそくして、白馬の気もちがわかっていたから、立ちむかって言えたんだよね。ぼくもそんな人になりたいなあ。そして、あんなひどいとのさまのようにはなりたくない。うそをついたり、人の気もちのわからないとのさまは、とのさまになるしかくがない。ぼくは、人の気もちのわかるスーホは、白馬はしんじやったけど、馬頭琴をもって歌いながら友だちをいっぱいつくっているだろうと思う。
(知士)

 スーホは、白馬の心が分かってきょうだいのように思っていた。白馬もスーホの心が分かって大すきやったやろうな。でもとのさまにはなればなれにされてかわいそう。白馬は矢が何本もつきささっても走りつづけてスーホのところへ帰ってきた。でもその時はしぬということがわかっていたのかもしれないね。スーホもせっかく白馬が帰ってきてよかったと思ったのに、一日しかいっしょにおれなかった。スーホは本当に本当にかなしかっただろうな。かわいそうすぎる。馬頭琴には、スーホと白馬の心が入っているような気がする。
(美帆)

 白馬とスーホは、きょうだいのようだったのに、とのさまはスーホから白馬をとりあげた。そして大事にするのでなく、ころそうとした。おかしい。白馬が一等になって一番すばらしい馬だったから、自分のものにして自まんしたかっただけだ。本当に馬がほしかったのではない。スーホはくやしかっただろうな。どうして白馬はころされなければならないんだろう。白馬は、大すきなスーホのところへ帰りたかっただけなのに。スーホと白馬のくやしい気もちは、馬頭琴といっしょに草原中に広まったと思う。
(将和)

八、おわりに

 授業では、できるだけ多くの子どもたちの発言を保障していくことによって、いっそう作品の世界に浸らせていきたいと努めました。そのために手がかりになる言葉や文章はフラッシュカード形式にし、黒板には子どもたちの発言をたくさん書くようにしました。また自分の思いや考えを持ちながらも自分から手を上げて発表できない子には、書き込み時に「すごい、よく考えてるなあ」と赤丸をつけたり、場面ごとの感想を読んだりして自信を持たせたりしました。

 子どもたちは、登場人物と共に喜び、悲しみ、怒り、わが身にひきよせながら読み進めていきました。そして、仲間の発言に触発されながら新たなヒントを得て思いをめぐらし、読み深めていける子がふえてきました。そして何よりも、子どもたちが毎時間楽しんでとりくんでくれたことがうれしいでした。

 また、本読みになると一言も声が出ず涙が出てしまう、本時の授業でも何回も手を上げるが発言できなかった魁ちゃんが、二月の本読み発表会(参観日)には、「スーホの白い馬を読みたいと希望し、毎日練習し、本番は床に涙をボトボト流しながらも二ページ読み切ってくれました。

 これからも、いろいろな作品を通して、子どもたちと文学を読む楽しさを味わっていきたいと思います。

出典:「どの子も伸びる」/部落問題研究所・刊
(個人名は仮名にしてあります。)