わらぐつの中の神様

文学の授業 (5年)   わらぐつの中の神様

一、はじめに

 小学校は山々に囲まれた自然の豊かなところです。校区は広く、遠いところでは、徒歩で一時間以上かけて通学してくる児童もいます。一〇年ほど前から、いくつかの場所で小規模な宅地開発が進められており、そこから毎年、三、四人が転入してきます。

 私はこの小学校に転勤してきて五年目になります。昨年は、七年ぶりに五年生(二四名)を担任しました。

二、教材と子ども

 校内授業研で、「わらぐつの中の神様」に取り組むことにしたのは、クラスのある子どもの交通事故がきっかけで、私の知らなかった子どもの一面が明らかになったことからでした。

 この交通事故で、クラスの康夫が国道で自動車にはねられました。運よくけがは軽くて済みましたが、一つ間違えば生命を落としているような事故でした。事故にいたる経過、原因を子どもにたずねる中で、「こんなことがあるかしら」と私自身も耳を疑うようなことがあきらかになりました。

 けがをした康夫はクラスの友達四人と自転車で遊びに出かけて家に帰る途中でした。その四人の中の一人義則が、拾ったお金一一円をポケットに入れていました。しかし、ふとそのポケットに入れていたお金が邪魔に思ったので捨てたというのです。その義則が捨てた一〇円玉が、道路に転がっていきました。それを見て康夫は「もったいない」と言ったそうですが、義則は「もったいないと思うなら拾ったら……」と言ったそうで、事故は義則がそう言った直後に起こりました。

 こんなことがあって、私はお金や物の値打ちをしっかりつかんでほしい、お金や物を大切にする心を育てなければと思い、そのためには「わらぐつの中の神様」が絶好の教材だと考え、この教材に取り組みました。

 この教材は、不格好なわらぐつの本質的な価値を認め、それを作ったおみつさんの人間としての美しさを見抜いた大工さんが描かれています。また、見た目だけにこだわり〈もの〉の価値を見ることのできないマサエがおばあちゃんの話を聞くことによって、その、見方を変えていく過程が描かれています。

三、教材について

 この作品は、「はじめ」「なか」「おわり」の三つの場面からなっています。この三つの場面は現在・過去・現在という形になっています。

「はじめ」の場面はマサエの家族の様子とマサエの人物像が描かれています。マサエのお父さんはとまり番で帰ってきません。おじいちゃんはお風呂に行っています。家の中は、マサエとお母さんとおばあちゃんの三人だけです。

 その三人の会話からマサエがお母さんに甘えていることがわかります。そのマサエの甘えをやさしく受け止めているのがお母さんです。おばあちゃんもマサエのことを心配しています。そんなところから、あたたかい家庭の雰囲気が伝わってきます。

「なか」の場面はおばあちゃんの若い頃の話です。まずおみつさんの人物像が描かれています。

 ある秋の朝、町の朝市に出かけたおみつさんは、げた屋さんで〈かわいらしい雪げた〉を見つけます。その雪げたが欲しくてたまらなくなったおみつさんは、お父さんやお母さんに相談しますがいい返事がもらえません。

 そこで、おみつさんは自分で働いてお金をつくろうと考え、わらぐつを作るのです。そこに、おみつさんの家庭の状況を考え家族をおもいやるやさしさと、自分で働いて自分でほしいものを手に入れるという、たくましさが感じられます。

 できたわらぐつは〈いかにも変な格好〉のわらぐつですが、じょうぶなことこの上なしなのです。でも、わらぐつはなかなか売れません。中にはわらぐつを外見だけ見て〈わらまんじゅう〉などという人がいます。がっかりしたおみつさんでしたが、おみつさん自身もわらぐつの見た目を気にするようになります。

 そんな時、若い大工さんがわらぐつを買ってくれたのです。大工さんは〈わらぐつ〉の値打ちを見抜き、〈「……いい仕事ってのは、見かけできまるもんじゃない。使う人の身になって、使いやすくじょうぶで長持ちするように作るのが、ほんとうにいい仕事ってものだ」〉と言って、おみつさんの値打ちを「わらぐつ」を通して見抜いたのでした。

 「おわり」はおばあちゃんの話を聞いたマサエが〈「雪げたの中にも神様がいるかもしれないね」〉というように変わっていきます。マサエの心の変化はおばあちゃんの話を聞いたことによってもたらされました。

 マサエは、おじいちゃんとおばあちゃんのすばらしさを改めて知ると同時に、ものの値打ちや人間の本質について考えるのです。

主題

 マサエはスキーぐつがぬれていて、かわかないのにいらいらしていた。それを見ていたおばあちゃんが、わらぐつをはいていくことをすすめる。でも、マサエはわらぐつはみっともないとつっぱる。

 そんなマサエに、おばあちゃんは自分の若い頃の話をする。

 その話は、わらぐつを一生懸命編んだおみつさんの話であった。おみつさんの編んだわらぐつはぶかっこうだけど、そのぶかっこうなわらぐつを買ってくれた若い大工さんは、「ものの値打ちはみかけだけでなく、それを使う人のことを思いやる気持ちが大切だ」と言う。

 おみつさんは、その大工さんの気持ちに感動する。その話からマサエは「わらぐつの中の神様」の意味を知る。

四、指導計画

(一)指導のねらい

○おみつさんの考え方、生き方に大工さんが共感し、また大工さんの考え方、生き方におみつさんが共感して二人が結ばれたことを読み取らせる。

○おばあちゃんのわらぐつの話から、ものの値打ちは見かけで決まるものではない。ということを知ったマサエの心の変化を読み取らせる。

○おみつさんに寄りそって自分の思いが書け、発表できるようにする。

(二)指導計画(全一六時間)

○教師の読み聞かせと初発の感想(一時間)

○たしかめ読み

●「はじめ」マサエの家族の様子とマサエの人物像をとらえさせる(二時間)

●「なか」①おみつさんの人柄と雪げたとの出会いを知り、おみつさんに共感する(二時間)

●「なか」②わらぐつをはく人のことを考えて、編み上げたおみつさんの人物像をとらえさせる…(三時間)
本時(1/3時間)

●「なか」③おみつさんと若い大工さんの出会いと、誠実な大工さんの人物像をとらえさせる……(三時間)

●「おわり」わらぐつに対するマサエの見方の変化をとらえさせる(二時間)

○まとめ読み

おみつさんの生き方に共感し、ものを見るときは外見にとらわれず、中身をしっかり見ることが大切だということをわからせる。(二時間)

●表現読み・終わりの感想(一時間)

五、初めの感想

義則

 スキーができるなんていいな。ぼくはしたことがないからいいな。

 初め「わらぐつの中の神様」は何だろうなと思って聞いていた。

 おもしろいのが、「おみつ」と自分のことを言っているのがおもしろい。

 白い軽そうな台に、ぱっと明るいオレンジ色のつま皮は、黒いふっさりとした毛皮のふちどりでかざられているのをみたら、ほしくなった。ぼくも立ち止まってずっと見る。そして、お母さんにねだっても聞いてくれなかったら、自分でするしかないと言ってするのがいいな。

 そして、わらぐつを作るなんですごい。形は変だけどいいな。そして初めてわらぐつを買ってもらってすごくうれしいだろうな。そして、毎日毎日買ってもらって、けっこんと同じことを言われ、けっこんして幸せだろうな。

 そして、ほしかったげたも買ってもらったけど、もったいないからはかないのもわかる。

 義則の感想は「いいな」「すごい」とおみつさんの人柄に感心しているものの、おみつさんがはく人のことを考えて作ったことが省かれています。本当のおみつさんのよさはわかっていないように思います。

 一度だけの読み聞かせでわかるのはむずかしいのですが、義則自身、物事を深く考えないところがあるので、この授業でどこまでわかってくれるか考えると、この授業をするのが楽しみになってきました。
〈初めの感想〉

◆わらぐつをはく人のことを思って作ると、きっとその中にも神様があることが何となくわかったような気がした。

◆おみつさんは若い大工さんとけっこんできてよかった。

◆おみつさんもお父さんもやさしい人だと思った。

◆これから、もっと勉強してこの話しの内容をよくわかりたい。

 全体的にこの話が少しわかったという程度の感想が多いように思いました。中には内容が分かりにくいと言う子も何人かいました。

 おみつさんのことについては「とてもやさしい」「いい人」「すごい人」というふうに書いている子どもが何人かいました。

 全体的には「わらぐつが売れてよかった」と書いている子どもが多かったです。また、大工さんのことは「いい人だ」「すごくやさしい人だ」「心が広い」「大工さんの言葉はすごくいい」と書いていました。

 マサエのことはあまりふれられていませんでした。感想文を読んで、それぞれの人物像をしっかりとらえさせたいと思いました。

六、授業記録(「なか」②-(1))

 本時の目標・わらぐつをはく人のことを考えて、一生懸命編み上げたおみつさんがどんな人物かをとらえる。

(前半部分省略します。)

T 今までのところでは、おみつさんというのは「まじめな人」「わがままをいわない人」「せっせと働く人」「えらいんだなあ」「がまんをする人」「えらくてやさしい人」「責任感がある人」というのが出ました。今日の場面でおみつさんがどんな人かというのを勉強していきます。

(二人の音読の後)

浩次 「 その夜おみつさんは考えました。うちのくらしだって大変なんだもの。買ってもらえないのも無理ない。そうだ、自分で働いてお金をつくろう」と言うところから、なんてえらい人なんだろうと思った。

(深く物事を考えるところがある浩次。手を上げて発表することもめずらしい。)

幸介 夜も考えるのは、雪げたがほしいからだ。前もおみつさんには雪げたが「買ってください」と聞こえたのは、おみつさんにはやさしさがあるからだ。

(よく発言する幸介。本を読むのが好きな子。)

彩恵 自分で働いてまで雪げたを買おうなんて、それだけ雪げたがほしい。

(まじめでしっかり書き込みをする沙絵。よく本も読む。)

亜紗 おみつさんはもうお母さんに「だめだ」といわれたから納得して、しつこく言わないから親思いのおみつさんだなあ。

(よく発言する愛。この作品の授業もよく手が上がる。)

貴彦 「毎晩家の仕事をすませてから、わらぐつを作り始めました」というところから、しんどいけど雪げたがほしいからがんばっている。

(面倒くさがりの貴彦。この作品の書き込みはしっかりしてくる)

浩次 おみつさんは熱心だなあ。

祐一 家の仕事だけでも大変なのに、わらぐつを作るなんてすごく働きものだなあ。

(おとなしい祐一。自分の書き込みを見ながら発表する。)

美佳 自分でお金をためようとする努力がすごい。

T 本当ね。考えようとするところがすごいね。何を考えたのですか。

義則 わらぐつ。お父さんがわらぐつを作っているのを見ていたから。作ろうと思いついた。

T どんなふうにわらぐつを作っていますか。

康夫 「でも……少しぐらい格好が悪くても、はく人がはきやすいように、あったかいように、少しでも長持ちするようにと、心をこめて、しっかり、わらを編んでいきました」(クラス全員うなずく)

T 全貝で読みましよう。

全員「でも……」(声をそろえて全貝で読む)

(ここでは、「しっかりしっかり」の繰り返しの言葉や「でも」の逆接の使い方から、強く言いたいことを押さえる。そのことによっておみつさんのやさしい人柄がはっきりわかったようである。)

T こうしてできたわらぐつは、どんなわらぐつでした か。(書いてあることを発表する。)

-省略-

そんなわらぐつを家の人はどういったの。

翔太 そんなわらぐつ売れるかなあ。

宏人 つけたし。うちの人はそういってわらったり心配したりした。

T それでも元気よく町へ出ていったおみつさん。楽しくなったおみつさん。ここからわかるおみつさんの人柄を班で話し合って発表しましょう。

(班学習はずっと取り入れてやってきました。)

一班 おみつさんは、ちょっとだけでも自分の手の届くところに雪げたがきて、うれしいだろう。

二班 家の人に「うれるかなあ」といわれても、元気よく町へ出ていって、自分で作ったお金で雪げたを買えたらうれしいだろう。

三班 わらぐつを編んで早くお金をためて雪げたが買いたい。

四班 おみつさんは、わらぐつを編んで自信があったから売れると思った。

五班 気合いが入っていて、気持ちがうきうきしている。

秀晃 つけたし。お父さんやお母さんにわらわれたり、心配されたりして、わらぐつを持っていくのは、よほど勇気がいるだろう。

(発言の少ない秀晃なのに手を上げてくれ、うれしく思う。)

貴彦 つけたし。おみつさんはその雪げたがちょっぴりと自分の手の届くところへ出てきて、楽しくなったというところから、どんどん自信がもりあがっている

(班討議でおみつさんの人柄よりも、おみつさんの気持ちや思いが出てしまった。でも、秀晃や貴彦が付け足してくれたのがよかった。)

T この場面から、おみつさんのどんな人がらがわかりますか。

(もう一度押さえ直す)

晴菜 すごく働きもののおみつさん。

祥子 やさしいおみつさん。

麻実 自分でお金をつくるからえらい。

幸介 考えようと努力するところから、努力家。

知花 勇気がある人

亜紗 人が言ってもめげないから心が強い。

(おみつさんの人柄を短い言葉でまとめすぎた気がした)

T 今日のところの感想を書きましょう。
義則

自分でお金をつくろうなんですごいし、わらぐつをつくったらへんになったけど、とてもじょうぶだからこわれないだろう。そして、悪口を言われてもめげずにがんばるのがすごい。

(義則はおみつさんのこと「すごい」と二回も書いています。初めの感想にも「すごい」というのがありました。感心して出る言葉でありますが、表現力の乏しさも感じました。)

良介

 おみつさんはわらぐつを作ったことはないけれど、編むのだけでもむずかしいのに、おみつさんは作れたからすごいと思った。最後に自信をつけて朝市へ行ったから、売れなくてもがっかりしないと思う。

(良介君はほとんど発表しない子です。でも書き込みをしていくとよく書くので、ほめて発表するようにさせてきました。)
香帆

 おみつさんは親にめんどうをかけないで、自分で努力してほしいものを買おうとするなんて、えらい。そんな気持ちがあるから、おみつさんにやさしい心ができるんだろう。

(香帆は書き込みも発表もよくする子どもです。おみつさんのやさしさはとらえていますが、後半の力を入れたところの感想がありません。印象に残らなかったのはなぜか考えたいと思います。)

七、終わりの感想

義則

 マサエは初め、神様のことを信じていなかったけど、おばあちゃんの話を聞いて、神様がいるのを信じた。それに、わらぐつのことを「みったぐない」と言っていたけど、わらぐつのよさがわかった。

 ぼくは、おばあちゃんの話がおもしろい。なぜかというと、自分のことを言うからすごい。おばあちゃんが話しているときは、マサエはどんどん成長しただろう。ぼくもこの話しを勉強して見た目だけじゃなくて、中身をみて選ぶ。

 おじいちゃんとおばあちゃんの出会いは、とても楽しい。わらぐつがなければ、出会わなかった。マサエはこの話を聞いて、おばあちゃんが、(中略)

でも、この雪げたにはおばあちゃんの思い出がたくさんある。おばあちゃんのたから物だろう。おじいちゃんが帰ってきて、マサエは、おじいちゃんのことが好きになっただろう。

 一番気になっていた義則でしたが、この文を読んでわらぐつのよさがわかってきたように思います。また、外見より中身を選ぶとも書いています。この作品を勉強したから物を大事にするとは思っていませんが、考えるきっかけとなったことは間違いないと思っています。

康夫

 初めは、わらぐつの中に神様はいないといっていたが、おばあちゃんが聞きやすいようにくわしく話をしてくれて、自然と神様がいるとマサエは信じていた。

 おみつさんは中身があたたかくて、外は変でも心を込めて作ってえらい。大工さんに次の日も次の日も買ってもらって、一歩また一歩と雪げたに近づいて、うれしくてたまらなくなって、心を込めて次の日も作って、おみつさんはえらい人とわかった。(省略)

 ぼくは神様の絵をかいていたけど、神様はいるんではなくて、人の心に宿ったのが神様というのがわかった。ぼくはずっとずっと前から外見だったけど、少し中身もとろうかなという心もあるようになった。

 事故に逢った康夫が「ぼくは中身より、外見を取る」と言い続けていたのが印象的でした。常々、授業中も落書きをしていて人の話がしっかりきけない子ですが、この作品については、「中身もとろうかな」と前向きに考えてくれたことはよかったと思っています。
幸介

 この物語を勉強して、マサエは最初「わらぐつなんかみったぐない」なんて言ってたけど、この話を聞いて、物を外見だけじゃない中身も見るものだ。人が一生けん命に作ったものは、神様がいるのといっしょだと、おばあちゃんの話を聞いて変わってきている。

 ぼくは物を買うにしても、外見と内面で決める。おみつさんのがんばって作ったわらぐつを、大工さんに買ってもらえたのは、おみつさんががんばって、しっかりしっかりあったかいように、長持ちするように心を込めて作ったことが通じたんだろう。(省略)

 気の弱いところがある幸介が、一番授業に乗ってきて、発言をよくしてくれました。大工さんの心の広さやおばあちゃんのやさしさにも共感している幸介でした。

八、終わりに

 二学期は取り組みが遅くなり、「大造じいさんとガン」を一二時間ぐらいかけて、この作品に入る直前までやっていました。

 文学の授業が続いて、だれないかなあ。書き込みはするだろうか。不安はありましたが、授業に入ると子どもたちは、一生懸命書き込みをしたり、班討議をしたりしていました。この作品のよさと私の意気込みに子ども達は引っ張られたのだと思います。

 一時間一時間は楽しく授業ができました。それは、子どもたちがしっかり書き込みをして、発言してくれたからです。

 発言が少なかった吉和も「わらぐつの中に神様でも住んでいるのかと思ったら、全然ちがう話だった。人の気持ちがあふれているわらぐつを神様というのだろう……」と書いていました。とらえ方がいいなあと思いました。

 また翔太は、「この話を読んで、ものは見た目だけじゃなくて、中身も見ないとだめだし、大切にしないとあかんなあと思った。……」と書いていました。子どもたちとものの見方について話し合えたことがよかったと思っています。

 事後研の中では「人柄を考えるより、行動を考えることの方が大事ではないか」という意見が出ました。私は行動から人柄を考えることができると思ってやったのですが、「働きもののおみつさん」「やさしいおみつさん」「努力家のおみつさん」「心が強いおみつさん」というのでまとめてしまってよかったんだろうかと、この実践記録を書きながら問い直しています。

出典:「どの子も伸びる」1998.7/部落問題研究所・刊
(個人名は仮名にしてあります。)